雪舟庭園で心癒される。
萬福寺の特徴
雪舟にゆかりのある時宗の寺院で、歴史的な価値があります。
雪舟庭園は綺麗に手入れされ、幻想的な空間を楽しめます。
お寺の建物のつくりに驚き、訪れる度に新たな感動があります。
室町時代の雪舟庭園(仏教の宇宙観=須弥山を表す石庭)も、重要文化財の本堂も素晴らしいです。雪舟と益田との関係も知ることができました。
雪舟作の庭園や伝来の品々ももちろんですが、それに負けないくらい受付のご婦人の説明が素晴らしかったです。決して紋切型でもなければ押しつけがましかったり自慢気だったりすることもなく、お寺や庭園を大切にされてきたんだなということが伝わってきました。今回は都合がつかず行けませんでしたが、近くにある医光寺と一緒にまわるのが良いと思います。
雪舟の庭か見たくて行ってきた素敵だった!2025.8.23
萬福寺の本堂は、国の重要文化財に指定されています。建造の時期は不祥ですが、鎌倉時代の建築様式である「穏静簡古」の手法で建てられています。応安7年(1374年)益田氏11代当主 益田兼見は、益田川河口付近にあった安福寺の本堂を、ここに移築して「萬福寺」と改称し益田家の菩提寺としました。文明11年(1479年)益田氏15代当主 益田兼尭は、雪舟を益田に招き石庭を造らせました。幕末の慶応2年(1866年)6月17日、第二次長州征伐、四境戦争石州口の戦いのとき、幕府軍(浜田藩、福山藩)は勝達寺(しょうたつじ・染羽天石勝神社境内)を本陣とし、萬福寺と医光寺の間に布陣しました。益田川を挟んだ長州軍との戦いで、長州軍が撃った鉄砲の弾痕が本堂の柱に残っています。
🏣島根県益田市東町25ー33🅿️🚗…有ります🚌...医光寺前下車徒歩6分程で。※拝観料…500円~300円営業時間…8時30分~17時30分※時宗益田道場として平安時代に建立され、当初は「安福寺」と号され、益田川河口付近に有った。大津波で流失、後の1319年「游行4第呑海上人」が再興。1374年益田七尾11代城主が現在の地に移築「萬福寺」と改称、益田家の菩提寺とした。1479年15代城主「益田兼曉」が「雪舟」を招き石庭を造らせた。1866年長州征伐益田口戦争の際に、陣営と総門は焼失するが、本堂、庫裏は現存。鎌倉時代の建築様式の本堂(重要文化財)雪舟が築いた石庭、「二河白道図」「華南三彩壺」等、中世益田文化を代表する文化財が集まる寺院。国重要文化財、国指定の名跡及び名勝。※維持保存は大変だそうです。山号は清瀧山、院号は浄光院、宗派は時宗だそうです。
雪舟というとなんとなく暗記していた人物だが、暗記するに足る人間であることがようやくわかる庭。その他、伝来の品も素晴らしい!
「雪舟の郷記念館」を探しているときに、「雪舟庭園」があるということで、「萬福寺」に寄ってみました。境内にある玄関のチャイムを鳴らすと、案内をされる元気な女性の方が出てきて、熱意のある解説をして頂きました。駐車場は、寺の門を過ぎて、約100mを奥に行ったところにあります。10台程度は駐車できます。萬福寺の建造物は、中国明朝様式を取り入れた配置です。文化財の展示室もあります。鎌倉時代の建築様式の本堂(重要文化財)や、雪舟が築いた庭園(史跡及び名勝)があります。
雪舟にゆかりのあるお寺。益田市内のメジャーな観光場所のひとつ。入場料500円。駐車場は近くに2台ほど止められる場所があります。雪舟庭園があり、のんびりと時を忘れて過ごすことができます。
時宗の寺院。団体ツアーで参拝。お寺の方が、雪舟庭園のこと、堂内のこと、文化財のことを詳しく説明して下さって理解が深まった。柱に長州軍の弾痕が残っている。
| 名前 |
萬福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0856-22-0302 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~17:30 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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雪舟の庭は周知のごとく2つあるが、ここ萬福寺と医王寺2つあるが、日本庭園としての完成度、ならびに、それ以外の見どころとしては、こちら萬福寺に軍配を上げる。よって、順番は医王寺→萬福寺のほうが、個人的にはオススメである。石組みだけで勝負という風情の庭だが、室町時代の日本庭園がその当時の姿で(多分)残っていることが素晴らしい。これは維持する方々の努力があってこその話である。その石組みも緻密で繊細で、なかなか他所では類が無いものである。一方で、日本庭園をある程度勉強しておかないと、何が良いのかさっぱりわからないとなる可能性もある。枝垂れ桜がきれいな医王寺の庭の方がいいとか、そんな感想も出てきそうである。なお庭園のみならず、重要文化財の本堂も見事である。安福寺という別の寺にあったものを、14世紀に移築したもので、順番的には本堂が先である。後から雪舟が庭を拵えたというもの。長州征伐で幕府軍の陣営となったが、本堂は戦災を免れて現在に至る。受付の御婆様が滔々と噛まずに庭やら本堂やらの見どころを語っていただけるのだが、事前学習バッチリの身には少々冗長なのが玉にキズ。庭の姿はご自身の心の中にあります、とか言われたときにはゲンナリした。ただ、それだけの思い入れを持つ方が管理しているからこそ、心に響くものがあるお寺であるというのは、萬福寺と比較して見るとよく分かる。星十個ぐらい付けたくなるお寺である。益田は碌な街ではないが、このお寺に立ち寄るために益田に来る価値はある。