直興公の陣屋跡で掘り出し物!
お作池の特徴
深く透んだ池を見ながら、歴史に触れられる魅力的な場所です。
お作さんにまつわる歴史を学べる、貴重な名跡があります。
江藩主の兄弟の物語が色濃く残る、興味深い史跡です。
2022-12-13一柳直興公(杉山さんの口コミでは弟の直照公)の陣屋跡があるということで訪れたがその痕跡は何もなく、代わりに物凄い掘り出し物を目にした。ここにあるこの池で(シンデレラドラマ)があったのだ。何と、ここで領内見廻り中の西条藩のお殿様に池の水を汲んで差し上げた少女が後の、ご三家紀州七代藩主徳川宗将の母親(徳川宗直側室永隆院)となったのだ。凄い話だ。お作さんといい一応武家の娘ではあったらしいが西条藩主の奥方になれるような家格ではなかった。よく分かりにくかった看板の説明をネットで見つけたので掲載する。お作姫の由元禄十五年「一七〇二年」津根村八日市にて誕生、正徳四年「一七一四年」西条藩主松平頼致(まつだいらよりよし)公が領内見廻り中、水屋池に居合わせたお作「十三才」に一杯の水を要求した。泉よりわき出(いで)し冷水を柄杓(ひしゃく)にてくみ捧(ささ)げる。そのときの「しぐさ、行儀、その上器量よし」藩主に大変お気に入られ西条藩に召される。西条藩主頼致(よりよし)公が宗直(むねなお)と改名され紀州六代徳川宗直城主となり家嗣される。享保五年「一七二〇年」二月晦日(みそか)宗将が誕生する「お作十九才」徳川御三家紀州和歌山七代城主徳川宗将(とくがわむねのぶ)の母「お作さん」語り継がれた今日ふる里に数多くの村おこしの源を送り残され、永隆院(えいりゅういん)とし、母の愛と光を世に広めました。
この地は、川の江藩主直興の時断絶されたのち、兄弟の直照が1666年から直増までのあいだ8年間(或いは1703に改易される。)大津庄を支配したと云う。その後、播磨の三木に移封されたと云う。そののち明治までつづく。
深く透んだ池を楽しみながら、お作さんという女性にまつわる歴史を学べる、名跡です。
| 名前 |
お作池 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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倉庫と住宅地の間に静かに佇む「お作池」。こんなところに池があるの?と思うような不思議な場所にあります。池というよりは、直径3mほどの大きさの井戸のような印象。湧水池で水は澄んでいて底は深く、暗い水底からぬぉ〜っと鯉が浮かび上がってくる姿は、そこはかとなく不気味で見入ってしまいます。隣には花が植えられ、手入れの行き届いた小さな休憩所があり、地元の人々に大切にされていることが感じられます。駐車場についてですが、池の向かいにある畑の空きスペースは駐車できそうに見えますが、私有地のため、勝手に停めるのは避けたほうが良いかもしれません。生活道路でUターンもしにくい感じ。おすすめは、海側に約500m進んだところにある公園の駐車場で、ここは5台ほど駐車可能です。