朱塗り神社、桜と歴史の美。
厳島神社の特徴
現在定期修理中ですが、何度でも訪れたくなる魅力があります。
清潔感があり、清々しい雰囲気も楽しめる神社です。
厳島神社は市杵島姫命を祭神として祀っています。
桜とても綺麗な時に来れました。
赤い建物で印象的です。石垣が立派です。
立派な石垣は、お城かなと思うほどで、神社は1200年ほども歴史があるとか、朱塗りの素晴らしい神社でした。
県道16号高松王越線と県道186号大屋冨宇多津線の合流地点より柱状節理の見える山(崖)の方向に向かうとある社です。淳和天皇の天長二年に疫病が流行り凄まじい数の人々が亡くなりました。天皇の命を奉請仕り各地に社を造営されました。当社もその一社です。祭神は厳島大明神とも市杵島姫命とも美御前とも云われています。(美御前は疱瘡疹からの守り神と云われるので・・・)疱瘡疹からの守り神として近郷近在の人々に尊崇を集めました。天正年間には戦による兵火にあい全てを焼失。文禄二年に本殿を再建。寛永八年に社殿再興。昭和十年、社殿、幣殿、拝殿、神饌所、社務所、廻廊を竣工また年に二回百手祭りが陰暦の2月9日、6月9日に行われています。こちらの神社周りは桜の木が沢山植えられています。(神社手前にはミニ八十八箇所)春の桜、秋の紅葉と五色台の崖(柱状節理)との対比の景色が見事ですので散策散歩に良いです。
可もなく不可もなくかな。
現在定期修理のため、鳥居は見えませんが何度行っても飽きないですよ。
とても清潔感のある清々しい神社でした。
厳島神社祭神:市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)1.由来(昭和六十一年 坂出市高屋町 松山農協発行 綾・松山史より)「厳島神社の勧請は淳和天皇の天長六己酉天下に疫病はやり、人民の死すこと数知れず、よって国君の命を奉請し、福家藤進小輔藤原安明初めて勧請仕り、而して当国の病静か。(中略) (祭神は)厳島大明神とも市杵島姫命とも美御前とも号し奉る。神書抄に曰く、疱瘡疹の守り神なり。依って美御前と言う・・・」とあり、天長六年(829年)の創基。一説には「天長二年(825年)の勧請創基とも」。疱瘡疹の守り神として近郷近在の尊崇をあつめた。(藤原安明は従五位藤原朝臣安清の一子なりと)2.現在のお社創基以来1100有余年の時を経て、爾来幾度となく修理・改築されてきたが、境内に建つ最近の「修復記念碑」をみると、昭和六十三年となっており、この時同時に同じ地区にある「大屋冨(大藪)神社」、「船玉神社」、「地神社」、「一本神社」のすべてが修復されたと刻されています。3.お勧め厳島神社の最初の鳥居前を少し過ぎるとミニ八十八か所が設けられています。約2km程度のコースでしょうか。桜や紅葉シーズンには素敵な散策コースでしょう。(なお、境内には10台以上可能な駐車場があります。最初の鳥居をくぐり少し進んで左に曲がり道なりに登ったところ)
| 名前 |
厳島神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E5%9A%B4%E5%B6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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坂を下りるうちに、潮の匂いが戻ってきた。鳥の声が遠のき、かわりに波の音が近づいてくる。そのあいだに、朱の社殿がひっそりと姿を現した。山を背に、海を見守るように立つ厳島神社である。狛犬は両脇で仁王立ちしており、その顔には「今日もいい天気だろう」と言いたげな自信がある。参道を歩くと、光が石灯籠に反射してきらめいた。まるで海の波がここまで登ってきたようだった。手水舎の水に手を浸すと、さっきまでの汗も、山の疲れも、どこかへ消えていった。私はしばらく拝殿の前で立ち尽くした。願い事は特にない。ただ、こうして風と陽の下に立てることが、すでにありがたい。帰り際、狛犬が少し笑ったように見えた。きっと「また登るんだろう?」と言ったのだろう。その声は聞こえなかったが、風が代わりに頷いた。