菰野藩の歴史を感じる陣屋跡。
菰野城跡(菰野陣屋跡)の特徴
菰野小学校の隣にある石碑が目印です。
滝川一益時代の代官所跡が広がっています。
菰野藩の歴史を感じる城跡が魅力的です。
菰野陣屋跡 [三重県三重郡菰野町菰野]滝川一益時代の代官所跡を拡張してできたようです。現在の菰野【こもの】小学校付近が城跡です。たまたま近くに来た際に寄っただけなので、詳しくは説明板を読んでください。
今は石碑と看板だけがあります。
菰野藩の藩邸後に菰野小学校が建っています。小学校敷地の外の一角に石碑が、高速道路の高架下に櫓跡の案内板が、石碑と反対側の敷地外に菰野藩邸の案内板があります。関ヶ原の戦い後から土方家が明治期まで治め、菰野県の県庁になって廃城になったとのこと。廃藩置県を経て、今の47都道府県に落ち着くまで、悲喜交々想いを馳せるものがあります。
| 名前 |
菰野城跡(菰野陣屋跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
http://www2.town.komono.mie.jp/www/contents/1001000000289/index.html |
| 評価 |
2.7 |
| 住所 |
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小学校の横に城跡碑2024年8月中旬に行きました。菰野小学校の南西に城跡碑と説明板があります、説明板には————————————————————史跡菰野城跡菰野煮は慶長5年(1600)関ヶ原合戦の後、徳川家康より菰野藩1万2千石を土方雄氏に与えられ、二代目雄高が陣屋として整えました。現在の菰野小学校の敷地が城跡であり、西南に隅櫓が建っていました、今も西北には城堀の一部と土塁が残っています。この城跡碑の建つあたりは藩邸の奥庭のあった場所です。享保年間の記録によると、藩邸は書院をはじめとして部屋数18、建て坪500平方メートル位あり、奥御殿から西へ御竹林で区切り、この一面に蔵屋数があり、足軽部屋、神馬部屋が館を囲むように建っていました。南北の道路に面して築地の土塀が続き、表御門は南と東に開き大手前の広場には駒寄せがあり、南側にタテ馬場と矢場がありました。ここから現在の役場菰野支所辺りまで一帯を藩内とよび、藩士の屋数が建ち並んでいました。菰野城は雄氏から12代雄永に至る明治2年廃城になるまで、その間、薄士の移封もなく約270年間土方氏の居城でありました。菰野町教育委員会———————————————————とあり古来より平和な地域だったと学ぶことができました。