戦国の歴史を語る藤島城跡!
藤島城跡の特徴
戦国時代の城跡に立つ石碑が印象的です。
周囲は田んぼに囲まれ、のどかな雰囲気に癒されます。
遺構や堀跡はありませんが、歴史を感じる場所です。
戦国時代にはここに城。城と言っても天守ではなく館があった形だと思いますが、現在は一面畑になっていて石碑がある以外には城があった事を偲ばせるものは何もありませんでした。
藤島城跡(/≧◇≦\)
歴史:記録では、城主として丹羽右馬允なる人物が記載されている。その後の城主・丹羽氏秀は丹羽家一族として本家の岩崎丹羽家に従っていたが、天文十年(1541)頃から勢力を増長させ本家と対立するようになる。そして天文二十年(1551)、岩崎城攻略を狙った氏秀は当時18歳の織田信長に援軍を要請する。ところが、織田信長率いる500余の軍勢は横山(現日進市北高上付近)に待ち伏せていた丹羽氏清・氏識勢350余の急襲を受け、西へ敗走していった(横山合戦)。この情報を聞いた氏秀配下の兵は戦意を喪失、脱走兵が相次ぐ。結局、500近くいた氏秀勢は岩崎城攻撃直前に40名まで数を減らして壊滅し、氏秀は三河広見城へと逃亡。藤島城は岩崎丹羽家のものとなった。現在:東西約54m、南北約50mあった城は、1969年の土地改良で跡形もなく消え去った。かつての東南隅高土居跡に石碑が立つのみである。
| 名前 |
藤島城跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.2 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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田んぼの中の生活道路脇に立派な石碑が建っていますが、城の遺構や堀跡などは残っていませんでした。石碑の裏に簡単な説明が彫ってあります。