歴史が息づく神社、感涙の史跡。
甲山八幡神社の特徴
平安時代末期に創建された甲山八幡神社の社殿は威厳があります。
境内には江戸時代の石燈籠や忠魂碑など多数の史跡があります。
階段を登ると美しい景色が望め、歴史的な場所としての魅力も満載です。
平安時代末期1190年創建と伝わる神社です本殿は三間社銅板葺流造で入母屋造の拝殿と合わせて威厳のある社殿です境内には江戸時代の茶人大名小堀政一が奉納したと伝わる石燈籠、男爵阪谷芳郎題字の再建記念碑、陸軍大将一戸兵衛揮毫の忠魂碑、出征兵士の武運長久を祈願した百万度石、国威発揚碑等の史跡や戦争遺跡が多数あります。
◎日本武勇伝てんこ盛り神社⚫︎戦争遺産マニアは感涙〜😭⚫︎大日本帝国の熱狂を今に伝える神社。◎神社概要⚫︎名称: 甲山(カブトヤマ)と読む。⚫︎祭神: いわゆる八幡三神・譽田別尊(応神天皇)・息長帶姫命(神功皇后)・比賣神⚫︎旧社格: 村社・岡山神社庁HPでは旧社格は村社。・調べてみると・・・終戦後の昭和21年1月「郷社」昇格・しかし同年2月GHQの神道指令が・何と神社の国家管理が廃止に!・念願の「郷社」は1ヶ月で終了。◎由緒⚫︎神功皇后伝説の山・神功皇后が三韓征伐凱旋時のこと。・この地で中国地方の安寧を祈る祭祀を行う。・神に捧げる宝物の兜が山頂に埋められた。・里人は周囲に瑞垣を巡らせ霊山として崇拝。・山は甲山(かぶとやま)と呼ばれるようになる。⚫︎あの伝説の七十二社の一つか?・大昔この地は吉備国で、その総鎮守が吉備津神社。・吉備津神社: 現在も国宝本殿を有する岡山最強格式神社。・吉備津神社の創建には諸説あり。その1つが仁徳天皇創建説。・伝説: 仁徳天皇が大吉備津彦命の業績を称え5社殿と72末社を創建。・そして当社が、その72社の一つとも言われる。⚫︎源平合戦の英雄「那須与一」を讃える神社・1185年(文治元年): 那須与一「屋島の戦い」で扇の的を射る神懸かり的な武功を立てる。・1187年(文治3年): 源頼朝より、全国に五ヶ所の荘園を授かる。・その1つが 備中国荏原庄(現在の岡山県井原市)・1189年(文治5年): 京都にて若干24歳で病死。・1190年(建久元年): 与一の弟「那須小太郎宗晴」が荏原庄に着任。→ 兄「与一」への神の御加護に感謝し八幡宮を勧請。→ 山頂には、与一の甲冑を埋めて奉納したと言われる。◎見所①百万度石⚫︎大日本帝國の勝利を祈願する百万度石⚫︎これは激レアの神社アイテム!⚫︎こんなの現存してる神社は見たことない。②忠魂碑⚫︎日露戦争の旅順要塞戦の英雄「一戸兵衛」が揮毫⚫︎「神功皇后」→「那須与一」→「一戸兵衛」③狛犬⚫︎尾道石工の技が拝める芸術性高い一品。・阿形の狛犬: 脚にまとわりつく子獅子が愛らしい。・吽形の狛犬: 鈴紐を咥える様を見事に表現。⚫︎大きさも威風堂々で素晴らしい。③皇紀2600年記念オベリスク⚫︎国威発揚を願うオベリスク型の記念碑⚫︎他の神社では見かけないレア神社アイテム。④神宮遥拝・宮城遥拝の石碑(場所)⚫︎宮城遥拝: 皇居(宮城)方向に向かって敬礼する行為。⚫︎神宮遥拝: 日本の総氏神さま伊勢神宮へお祈りする。⑤奥の院⚫︎霊山にふさわしく、山頂に奥の院があります。⚫︎道もよく整備されてます。
1600年頃錦橋近くに建っていた【石灯籠】が移築されてたり【階段を登ってから見る景色が良く】、壇之浦の戦いで活躍した弓の名手【那須与一が鎧を奉納】したなど(僕はファイナルファンタジーの【与一の弓】で初めて名前を覚えた)他にも歴史が有る神社でした。小さいですが無料の駐車場も有ります。
誉田別命を祭神に祀る神社。
| 名前 |
甲山八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0866-62-3798 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-okayama2/jsearch3okayama.php?jinjya=28861 |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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2024年10月9日13時頃訪問。この週末はお祭りでしょう、しめ縄やのぼりが準備してありました。お祭り当日は露店も出て賑わうでしょう。夜は神楽も奉納されます。いつもは無人で寂しい神社ですが賑わう事を期待します。大当番の地区は大変だと思いますが長く引き継いで欲しいものです。