十二本ヒノキの巨樹に出会う。
坂下の十二本ヒノキの特徴
坂下の十二本ヒノキでは、特異な巨樹の姿が圧倒的です。
一本の根株から伸びる幹が十二本もある光景が感動的です。
周囲の自然を感じながら山を登る、忘れられない体験が待っています。
少し山を登りますので、それらしい靴の方が良いかと。近くに有る「坂下のケヤキ」もお薦めです。尚、駐車場は有りません。
| 名前 |
坂下の十二本ヒノキ |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.tree-flower.jp/21/sakore_12hinoki_1895/12hon_hinoki.html |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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坂下の十二本ヒノキは、下呂市小坂町坂下に立つ特異な巨樹で、一本の根株から天に向かって十二本の幹が分かれて伸びる姿が特徴である。戦国時代の姫君と若き貴族の悲恋を伝える物語が残されており、この木は姫の祈りの象徴として成長したとされる。地元では「おヒノキ様」と呼ばれ、坂下神明神社の御旅所として今なお地域の信仰を集めている。このヒノキは、下呂市の旧小坂町坂下地区の山中に位置する。所在地は現在の行政区で岐阜県下呂市小坂町坂下1210番地となっており、急な斜面を背にした尾根筋の一角に鎮座している。巨岩の隙間から根を張るように立ち上がるその姿は、単なる自然現象とは思えぬ神秘性を漂わせる。根元周囲はおよそ6メートル、目通り幹囲は約4メートルとされ、樹高はおよそ20メートルから23メートルの範囲にある。地上およそ1.7メートルから十二本の幹に分岐するというのが岐阜県の文化財記録にある一方で、別資料では分岐の位置が5メートルほどとされることもある。いずれにせよ、一本の樹木が中空でこのように分岐し、それぞれが独立した幹のように成長している例は全国でも稀である。坂下の十二本ヒノキは、1970年(昭和45年)12月12日付で岐阜県指定天然記念物となった。指定当時から既に現在に近い規模であったことが確認されており、以来、坂下神明神社が所有し、地域住民とともに保護を続けてきた。神社の秋祭りでは神輿がこの木まで渡御し、御旅所として神事が執り行われる。根元には小さな祠が祀られており、神木としての位置づけが明確である。幹にはしめ縄が巻かれ、神域としての尊厳が保たれている。本樹にまつわる伝承には、戦乱の時代に都から飛騨に下った姫と若き公家との悲恋が語られている。二人は永遠の別れを強いられ、姫は祈りを込めてこの地にヒノキを植えたと伝えられる。願いは叶わず、姫は七夕の明け方に姿を消し、その後、ヒノキは十二の幹を持つ不思議な姿へと変貌したという。このとき、幹には姫がまとっていた十二単の衣が掛かっていたとも伝えられている(渡辺典博『巨樹・巨木』1999年による)。伝承の細部は時代を経て語り継がれたものであるが、巨木の特異な姿に込められた祈りや哀しみの象徴として、地元ではこの物語が静かに受け入れられてきた。注目すべきは、本樹の周辺に同様の多幹構造を持つヒノキの若木が点在していることである。こうした特徴は遺伝的形質によるものと考えられており、この十二本ヒノキの子孫とみられる実生が同様の形態を見せているとされる。つまり、ただの巨木ではなく、遺伝的にも特異な性質を持つ植物個体群の核でもある可能性がある。坂下の十二本ヒノキのふもとにある坂下神明神社もまた、由緒ある神社であり、同じく県の天然記念物に指定された「坂下のケヤキ」を有している。このケヤキは、樹高約28メートル、幹囲約6メートルに達する老樹で、十二本ヒノキと並ぶ神域の象徴である。祭礼においてはこのケヤキの傍から神輿が出発し、山上のヒノキに至るという巡行が行われてきた。下呂市小坂町には他にも注目すべき名木が多く存在する。中でも「落合のトチノキ」は坂下の十二本ヒノキと同じ日に県の天然記念物に指定されており、複数の幹が折り重なるように分かれる特異な形状を持っている。また、「禅昌寺の大スギ」は国の天然記念物に指定されており、目通り幹囲10メートルを超える県内最大級の巨木として知られている。こうした名木群は、下呂市における自然遺産の豊かさを象徴しており、坂下の十二本ヒノキはその中でも最も神話的色彩を帯びた存在である。このように、坂下の十二本ヒノキは、自然物としての規模・形態に加え、伝承・信仰・遺伝的価値など多層的な意味を持つ稀有な存在である。地元住民の崇敬と行政による保護が重なり、今もなお健全な樹勢を保ちながらそびえ立つその姿は、地域文化の中で静かに語りかける語り部のようである。今後も、単なる巨木としてではなく、長い歴史と人々の祈りを受け継ぐ象徴として、後世に大切に伝えられていくことが望まれる。