山吹大城の縄張が魅力的。
山吹大城跡の特徴
縄張が興味深く、歴史を感じるスポットです。
標高1015mからの眺望が素晴らしい場所です。
比高約200mの登山が楽しめる史跡です。
2022/8/14小城から登城。途中川を渡る橋が崩壊していた。なんでこんな場所に?の立派な標柱を横目に登っていくと、両側が段廓になった竪堀のような道を登る。ここが虎口だったのかも。そのあたりから、素晴らしい切岸に感動。この城の切岸は芸術的でさえある。また、空堀と切岸をうまく組み合わせて防御力を上げていると思った。主郭とニ郭は周囲から切り立った台地になっており、主郭は感動もの。土の芸術品だ。
縄張が興味深い。土塁、空堀、郭、等。山城が好きな人、是非。
標高1015m、比高約200m。下の山吹小城から登ると、沢に木橋が架かっててちょっぴりスリルある。(;^_^A標柱がドーンとあって登ると竪堀が登城道になってた。目の前に壁があらわる♪(^o^ゞ二曲輪から主郭へは堀切も♪主郭はぐるーり土塁♪切れてるトコロは虎口かなぁ♪石積も残ってる♪いくつも見える段々々々曲輪は後世のものも多いらしい。おっと~出曲輪にも堀切♪切岸が高く残る主郭周辺はぐるぐるまわって見てて飽きないネヾ(*T▽T*)ミヤサカせんせーありがとーの山城ですよん♪(⌒∇⌒)ノ。
山吹城(1015m/185m)別名:山吹大城,隠れ城遺構:石垣,土塁,郭,堀城主:金刺氏歴史:詳細不明。諏訪神社下社大祝で桜城の金刺氏の城とされる。説明:山吹城は諏訪大社下社春宮の北に聳える丸山から西へ派生した尾根の一つに築かれている。山吹城は西と南に伸びた尾根に曲輪があり、南尾根が主郭となる。全体的に切岸は高く帯曲輪が多く用いられている。主郭は一段小高く土塁が巡り内側には石積がある。北下は空堀で北に広い曲輪があり、南西と南東の尾根にも曲輪が拡がる。西尾根は帯曲輪が南北両側にあり堀切の先に土塁の付いた曲輪がある。案内:下諏訪町清掃センターの脇の道から林道に入って行けば主郭背後近くに行くことができる。何故かわからないが標柱が主郭の東下の谷下の部分に建っている。
近年整備されて、遺構がよく見えるようになった。土塁で囲まれた主郭を中心にいくつかの郭などが残っている。
| 名前 |
山吹大城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
|
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山吹大城は諏訪大社下社北側の丸山から派生した尾根上に築かれている。標高は1015m、麓からの比高は185m程度である。現在は林道が通っており、林道を利用することで、城址のすぐそばまで行くことができる。山吹大城は派手な遺構はないが、状態良く残っている山城である。主要な郭は5〜6個程度だが、小郭を複雑に配した縄張りとなっている。主郭は土塁で囲われており、そこに案内板が立っている。堀切や切岸などの防御遺構が確認でき、切岸を登るのに梯子を利用する箇所もある。山吹大城は築城時期は定かではないが、諏訪大社下社の大祝(神官・おおほうり)であった金刺氏によって築かれた金刺氏の詰城であったという。金刺氏は諏訪大社上社の大祝であった諏訪氏と対立し、1518年に諏訪氏の攻勢を受け敗北。金刺氏は甲斐へと逃れ没落してという。