歴史宝庫、志太張神社の森。
志太張神社の特徴
延喜式内社に指定されている貴重な神社です。
平安時代に創建された歴史ある場所です。
小さく奥まったところに位置し静かな雰囲気です。
目立たない場所にありますが、立派な鎮守の森に囲まれた歴史ある神社です。昭和生まれの人なら子供の頃遊んだ場所を懐かしく思い出させてくれるような素敵な場所です。2025年1月1日 カフェMuuさんによるぜんざいお接待が開催されてました。
こちらは延喜式内社の一つで長い歴史があります。付近の氏子の方々が支えているのでしょうが多少の老朽化が見られました。
小さくて奥まった場所にあるため、存在感があまりないのですが、各種文献によると、延喜式では讃岐国寒川郡の志太張神社に比定される式内社であり、創建は平安時代と言われているそうです。また、明治4年(1871年)に近代社格でいう村社となり、明治40年(1907年)に神饌幣帛料供進社に指定された神社です。
| 名前 |
志太張神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
https://kagawakenjinjacho.or.jp/shrine/%E5%BF%97%E5%A4%AA%E5%BC%B5%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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志太張神社(したばりじんじゃ)。香川県さぬき市鴨部。式内社(小)、旧村社。【祭神】天下春命(あめのしたはるのみこと)資料によると、平安時代の天長元年(824年)4月、弘法大師が、石田の極楽寺を鴨部に移し、「下張神」を鎮守としたという。これが創建とされる。下張や、当社名は、「下墾」の意味で、当地の開拓神を祀ったものと考えられる。御祭神は、天下春命であり、思兼命の御子神で、武蔵秩父國造、壱岐県主等の祖。四国・讃岐とゆかりの多い神ではない。御祭神名の「春」も、地名・当社名の「張」に通じ、垂(はり)または治 (はり)の意味だという。土地を拓く、土地の開墾して農業を営んだ人々が、拓いた田の豊作を願い、感謝したと考えられる。天慶8年(884年)、平安時代末期の治承2年(1178年)、鎌倉時代末期の応長元年(1311年)の造営の記録が残る。また、永承4年(1049年)6月には佛舎利が下賜されたという。江戸時代には、志太張大明神あるいは志多張神社と称した。別当は宝藏院末寺の西光寺とも。明治4年(1871年)に村社に列し、明治40年(1907年)10月24日に神饌幣帛料供進社に指定された。明治末年の社殿改築の際、本殿床下から、江戸時代中期の正徳2年(1712年)9月銘の妙法蓮華経の入った経筒が出てきたという。昭和5年(1930年)1月31日に現社号に改称した。例祭は10月第2日曜日。とあります。