メダリオンと歴史を感じる。
国際親善総合病院 メダリオン(記章)の特徴
旧国際親善総合病院の記章がある貴重な場所です。
歴史を感じられるメダリオンが目印です。
保存活動に対する思いが込められた記念碑です。
こちらは2024年05月03日の訪問となります。かつてこのマンションの場所に1990年まで建っていた当病院の外装の一部です。この病院の前身は山手に、外国人対象として存在してたそうですが山手が外国人立入禁止になり、関内の関東病院を買収してそこに移転……つまりそれがここのようです。
平成2年まで建っていた、旧国際親善総合病院の記章。ここの旧国際新善総合病院の建物は、昭和2年(1926)関東病院として外科医、渡辺房吉氏を中心とし設立された。現在は横浜市泉区に引っ越していった。
『ライオンズステージ関内メダリオン』の正面にあるメダリオン。以下、説明板より「このメダリオン及びアーチは、この地に平成2年まで建っていた、旧国際親善総合病院の正面ファザードを飾っていたものです。旧国際新善総合病院の建物は、昭和2年(1926)関東病院として外科医、渡辺房吉氏を中心とし設立され、橋本勉氏の設計によりこの地に建てられました。旧国際親善病院(現在泉区に移転)は慶応3年に山手に設立され、昭和19年7月に当地に移転しました。当初は外国人対象のThe Yokohama general hospital を前身とした国際都市横浜でのみ存在し得た我国屈指の伝統を有する病院の地であります。」
| 名前 |
国際親善総合病院 メダリオン(記章) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
〒231-0011 神奈川県横浜市中区太田町3丁目39−1 ライオンズステージ関内メダリオン |
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
こういう物を残そう、保存しよう。と動いた人物は素晴らしい。設計した橋本勉は大阪を中心に活躍したようだ。貝塚市歴史展示館や旧富山紡績井波工場事務所棟が現存している。現在のマンションでも良い装飾である。