歴史を感じる花園町の遊郭。
岩村田遊郭の大門址の特徴
明治時代の飯盛女たちが集まり見られる歴史的な遊郭です。
花園町の成り立ちに深く関わる重要な史跡です。
佐久鐵道案内にも記載される貴重な文化遺産となっています。
ある程度の予備知識と鼻顔稲荷神社の社務所におられた神職に教えてもらい、隣の旧公民館は当時は梅毒罹患の時の隔離施設だったことも含めて、よく残っているものだと往時を忍びたくなりました。あのトンネルを抜けると、今は団地ですが、遊廓だったとのこと。随分と広いなとそれはそれで驚きました。
江戸時各宿場にいた飯盛女が明治時代に職を失いここに集まり遊郭ができた。
この遊郭があることで、町名の「花園町」が存在してくるわけですね、納得です。湯川の流れに沿って建てられた遊郭が見えるようです。
鼻顔稲荷神社へ行く前に、寄ってみようと思っていた場所ですね(゚-゚)明治四十一年の遺産ですね!市の方で、もう少し管理をしてもらえたら、良いのになあ、と思いました(^_^;こういう場所を、大切に未来に繋いでいけたらと、大きな柱を見ながら思いました。
佐久鐵道案内(大正八年刊)より「(鼻顔稲荷)町の東湯川の左岸に在り。斷崖に懸けたる拜殿に立てば眼下の流緩やかに南に向ひ、川を隔てゝ妓樓(ぎろう)の絃歌(げんか)面白き夏の夕も亦趣なしとせず。(後畧)」
| 名前 |
岩村田遊郭の大門址 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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歴史的建造物ですね。大切に保存されたし。