真田幸隆と昌幸のお墓へ。
真田幸隆公夫妻・真田昌幸公墓所の特徴
信長の野望から知った、真田家のお墓が魅力的です。
真田『長谷寺』の本堂脇を通りお参り可能です。
真田幸隆公夫妻と昌幸公が眠る歴史ある場所です。
現在門の修復工事の為2月末まで閉館 訪れる前に調べて行く事必要です。
真田幸隆公夫妻、真田昌幸公墓所です。少しわかりにくい場所にあります。境内を入って、本堂の右奥、南側に小さな入口があります。そこを通って、さらに奥に進むと、お墓があります。囲みに囲まれて、ひときわ大きな墓石3つがあるため、分かりやすいと思います。また、お墓の周囲には、6つの5円玉(六連銭を意識したものでしょう)が数多く奉納されています。真田幸隆公、真田昌幸公の偉大さについては、本稿では言及致しません。なお、長谷寺は標高900メートルほどの地点にあるため、冬場は激烈に寒いです。山に谷間にあるため、豪雪地帯ではありませんが、凄まじい寒さにのけぞります。冬期のご参拝時はご注意ください。ラッコ店長の自転車旅でした。
信長の野望で知ってから大好きだった武将、真田幸隆、幸隆夫人、昌幸の親子が眠るお墓です。清々しい天気のなか、とても静かにお参りすることができました。なお、長谷寺は上田方面から幸村街道を通ってカーナビの案内に従って行くと、とんでもない細道を案内されます(笑) 道幅の広い真田東部線を利用してください。
手ぶらでしたがお参りさせていただきました。わかりやすかったです。
真田『長谷寺』の本堂脇を抜け、案内に従って裏山へ廻りこみます。墓地が並ぶ杉木立の中、石柱の囲いが見えて来ます。一礼と合掌をして足を踏み入れる。凛とした空気の中、『真田昌幸』とその『両親』のお墓が並んでいます。家族で在りながら『昌幸』の子供、『信繁』『幸村』のお墓が無いのは、戦国時代に生まれた武将では仕方ないのかもしれないが、何とも寂しげであった。真田の里に生まれた人が埋葬されている墓地でもあるので、早々に退散。観音堂まで行ってみようと更に登ると、害獣駆除の檻が在りました。暖冬のお陰で、熊も冬眠しないらしい。引き返します。
| 名前 |
真田幸隆公夫妻・真田昌幸公墓所 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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真田氏の発祥については幸隆を祖とする説と、それよりさかのぼる説とがあるが、幸隆が真田氏隆盛の礎を築きあげ、兄信綱、昌輝の戦死により家督を継いだ昌幸が、初代上田城主となって二度にわたり徳川軍を退けたことから、真田の名が天下に知れ渡ることとなった。信之が松代へ移封となり、菩提所長国寺が建立されたが、旧菩提所真田山長谷寺に、幸隆公と昌幸公の墓がある。