江戸時代の奥州街道一里塚で歴史旅を楽しむ!
寺子の一里塚の特徴
紅葉した楓が美しい奥州街道沿いです。
歴史を感じる魅力的な史跡です。
訪れるたびに新たな発見があります。
復元された奥州街道の一里塚があります。もとは50mほど白河よりにあったそうですが学校建設・道路拡張により消失したとのこと。馬頭観音が2つあり、片方は南の富士見峠からここに移設されたもので、道標を兼ねています。安永四年のもので様々な町や名所までの距離が記されています。
ここの一里塚は江戸時代に作られたそうです。旅人や商人などの目印にのに使われたそうです。この塚は50メートルほど別の場所にあったそうですが、道路拡張等によりなくなってしまい、復元されたそうです。ここは今小さな公園となっててとてもきれいな場所となっております。このように史跡を大切にする事は重要ですよね。
江戸日本橋から奥州街道42番目の一里塚(復元)です。いまは公園のひとつとして維持整備されており、地域の方々の憩いの場になっています。また、もともと富士見峠にあった馬頭観音碑もありました。安永4年(1775年)建立の馬頭観世音であり、左側面に「日光山16里、江戸41里、水戸22里、八溝山6里」右側面には「湯殿山66里、仙台50里、会津24里、那須湯元5里」と刻まれています。
寺子の一里塚は、奥州街道四十二番目のもので、江戸日本橋より四十二里(約165キロメートル)の距離を示す塚である。鍋掛の一里塚が、慶長九年甲辰(きのえたつ)(1604)に築かれたので、ほぼ同年に築かれたと考えられる。もとは、約50メートル程白河寄りにあったが、小学校の建設と道路の拡張によってなくなり、平成七年(1995)三月に現在地に復元されたもの。キレイに管理されている。安永四年(1775)十二月吉日、刻の、側面に日光山 十六里 湯殿山 六十六里浜 四十一里 仙臺 不明水戸 二十二里 會津 二十二里八溝山 六里 那須湯本 不明と刻んである、馬頭観世音、の石柱。もう一つ、馬頭観音、の石柱がある。公園の外には、大正十四年(1925)、刻の、顕彰碑、がある。
駐車場とトイレがないので注意して下さい。
紅葉した楓とかは綺麗です。トイレはないです。
奥州街道沿い。水飲み場とあづまやがある。
| 名前 |
寺子の一里塚 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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奥州街道のあるき旅の途中に立ち寄りました。江戸から約42里(約165 km)の距離を示しており、現在も当時の面影を残す美しい姿が保存されています。