歩兵第32聯隊の英雄を偲ぶ。
歩兵第三十二聯隊終焉の地の特徴
明治三十一年に誕生した歩兵第32聯隊の歴史を感じられる場所です。
歩兵第32聯隊終焉の地碑が立つ、戦争の痕跡を伝える史跡です。
綺麗に維持管理されており、平和を願う気持ちが伝わる場所です。
安らかにお眠り下さい。
80年前沖縄は戦場だった沖縄には、いろんな部隊の終焉の地がある。ある米軍関係者が言ったこととして伝わっているが、「日本軍は優秀な兵士と愚鈍な司令部でできていた」というのは本当なのか。あるいは、どういう意味なのか。
聯隊は明治三十一年三月末軍旗を拝受して山形に誕生し日露戦争黒溝台会戦で武勲を立て満州事変熱河作戦に活躍した。太平洋戦争の沖縄戦で終始敢闘し昭和 二十年 六月 二十三日軍の組織的戦闘が終了後も残軍民協力してこの地を守り終戦後の 八月 二十八日夜軍旗を奉焼し翌日鉾を納めた。この間の戦没者に対し心から弔意を捧げる。-碑文より-
南部戦跡をまわるといたるところに戦跡、碑があります。おそらく激戦地であったであろうに固まって存在する戦跡が多いです。ここも白梅の塔、山形の塔など周辺にたくさんの戦跡があります。那覇や西海岸の観光地とは全く別の沖縄の姿、歴史にぜひ触れられご焼香をお願いいたします。
歩兵第32連隊の方々は、8月15日の終戦以降も戦い続けたそうです。
「歩兵第32聯隊終焉の地」碑「山形の塔」「壕」と同じところに建立綺麗に維持管理されてました地元沖縄県平和記念財団の皆さんありがとうございます🙏
母の出身地が鶴岡市で、この地を訪れた際は、込み上げてくる思いでした。合掌追伸この度3年間に及んだ沖縄暮らしを終えるにあたり、沖縄慰霊の日に手を合わせに訪れました。合掌。
| 名前 |
歩兵第三十二聯隊終焉の地 |
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| ジャンル |
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| HP |
http://openweb.chukyo-u.ac.jp/~shaken_archive/20170715-4-5.html |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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山形城を衛戍地とした歩兵第三十二聯隊終焉の地。沖縄戦では第三十二軍隷下の第二十四師団に属し、上級司令部が消滅した後も組織的抵抗を継続し、米軍を悩ませたが日本の降伏を知り、軍旗を奉焼して終焉を迎えた。残存兵数は300名余りだったとある。白梅之塔に近く、併せて訪問。