マイマイ新子の舞台、浜ノ宮探訪。
勝間神社跡地碑の特徴
マイマイ新子と千年の魔法の舞台になっている史跡です。
勝間神社は浜宮として佐波神社に合祀されています。
歴史を感じることができる重要な遺跡です。
俗称「浜ノ宮」ともいうそうです。周防の国の政治の中心であった国府の守護神として祀られてきました。国府には都からの役人や物資の往来が盛んでした。瀬戸内海の海路が主な交通手段であった当時「勝間の浦」は交通の要衝でした。天延2年(974年)枕草子の作者 清少納言の父親である清原元輔が「周防守(すおうのかみ)」に任じられました。父親に同行し、清少納言も9〜13歳の少女期を防府で過ごしたと言われています。正月 子の日、勝間の浦の浜辺で賑やかな子の日の宴を張りました。その時に元輔が清少納言のためにつくった歌がのこされています。思ひいでよ 千年(ちとせ)の春の けふごとに勝間の浦の 岸の姫松清原元輔が子の日の宴を張ったのは、このあたりだったのでしょうか?なお、勝間神社は、明治時代の神社の整理により廃社となり、現在は「佐波神社」に合祀されています。
佐波神社に合祀された浜宮(勝間神社)元宮。「周防国衙跡」と立っていて驚くが、もっと立派な記念碑もあった。宗像三女神を祀った筈で、前面の川は海岸線の名残であるようだ。
| 名前 |
勝間神社跡地碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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「マイマイ新子と千年の魔法」の舞台になっています。山陽本線の高架化で背後にあった線路が浜側に付け替えになり、道路も一段高い位置にあり海側は望めなくなっています。