菅原道真公と衣干岩の伝説。
衣干岩の特徴
菅原道真公所縁の歴史を感じる岩です。
愛媛県今治市にある貴重な史跡です。
豊かな歴史が息づく場所で訪れる価値があります。
松の生えた岩ですねパット見。
静かなところです海岸では海水浴や釣りをしている人もいました。
静かで良いところです。岩には歴史を感じます。
この浜の沖で難破し、命からがら流れ着いた菅原道真達が服を干したという伝説があります。
猫が気持ちよさそうに日向ぼっこしてました。猫干岩です。由緒は、菅原道真公は醍醐天皇の御代 昌泰4年正月25日(901年)にわかに大宰府へ左遷される。同年2月1日十挺櫓(じゅっちょうろ)の屋形船にて配流の旅へつかれた。その途中予州の迫門(壬生川沖)において風波の難にあわれ御船あぶなき祈り 広川修善(当神社宮司の先祖)と里人が一行を助け今の志島の東端に漕寄せ岩上に御座所を設けたが咄嗟の事にて敷物がなく漁船の綱を丸く巻き円座の替わりとした。(この古伝により「綱敷天神」という社名となる。)その時 菅公は濡れた烏帽子・冠・装束等を近くの岩上に干された。(後にこの岩を「衣干岩」と称す。)里人は折敷の上に鮮魚(小魚)をのせて献上し御安泰を御祝いした。
菅原道真公所縁の史跡。
菅原道真公に所縁のある岩です。
菅原道真公が九州の太宰府へ配流される途中に立ち寄り、濡れた衣をこの岩に掛けて乾かしたと案内板に書いてありました。
| 名前 |
衣干岩 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
案内板より「衣干岩」菅原道真公が九州大宰府に配流される途中桜井の沖で嵐にあい、やっとこの志島の浦にたどりついた。嵐にゆられながら早くこの島に漕ぎ寄せ、安全に上陸したいと願ったということから「志島」の名が起こったと伝えられている。上陸の途中濡れた管公の衣をこの岩にかけて干したことから「衣千岩」と呼ばれるようになったといわれ、このあたりは海水浴や魚釣りで名高い所であった。志島ヶ原振興会。