古社の静寂、出雲の聖地。
曽枳能夜神社の特徴
出雲国風土記に登場する曽伎乃夜社がある神社です。
境内には韓国伊太弖奉神社があり、素戔嗚命が祀られています。
由緒ある式内社で古くから地域の祖神をお祀りしています。
神社に近づいてくると、木に覆われた丘のようなちょっと違うなと思う空間が現れてきます。この日は仏教山を楽しんだ後、お礼参りによらせていただきました。階段。伊保神社の後だと軽く感じますね。上がるとあまり広いとは言えない敷地に、コンパクトにお宮が収まっていて、いい日差しもあって気持ちのいい空気とそよ風が流れていました。磐長姫は出雲ではほぼみないので、ちょっとテンション上がります。神魂伊能知奴志之命の磐座、出雲大社横にある命主社の裏にも大きな磐座があり、気でつながっているのかなと神秘的な思いもわいたりありがたい参拝となりました。曾枳能夜神社御祭神 伎比佐加美高日子命当社は、延喜式内社で、出雲風土記に「神名火山(中略)曾枳能夜社に坐す伎比佐加美高日子命社、即ちこの山の嶺に在り。故れ神名火山と云ふ」と記されてあります。御祭神はこの地方(キヒサの里)一帯を守ります首長神であり、出雲大神の祭り主でありました。古事記垂仁天皇の条に見られます「出雲国造の祖、伎比佐都美」は当社の御祭神であり、同条「石の曾の宮」とは当社であると考えられます。明治5年2月郷社に列せられています。合殿 熊野神社御祭神 伊弉册命・速玉男命・豫母都事解男命当社は天正年間広島甲田城主宍戸隆家が熊野より勧請せし社であります。修験者(山伏)による「延命長寿、極楽往生」を祈願する道場でありました。元神氷字宮谷にありましたのを、明治44年4月9日に本社に合祀されました。韓國伊太氏奉神社御祭神 素戔嗚命・五十猛命当社は、延喜式内社で、出雲国内六社の中の一社であり出雲風土記には、審伎乃夜社と記されています。御祭神は植林・殖産興業の神であり、「韓国」の名称や「からのそほりの命」との別名は、古代出雲と韓国との間の深い交流を知ることができます。元神氷字宮谷に在りましたのを明治44年4月9日、本社境内に遷座されました。磐座御祭神 神魂伊能知奴志之命 ( かんむすびいのちぬしのみこと )氏神伎比佐加美高日子命の御祖神にして延命長寿の神なり。支比佐社伎比佐加美長依彦命釜神社ご祭神 猿田彦大神、磐長姫神、塩土老翁命。
小さな神社ですが、建て替えられているようで新しそうな社殿です。鳥居前が駐車帯となってますので此処に駐めて参拝します。由緒書きは消えかけている部分も有りますが社横に立札なども有り良い感じです。
そきのやじんじゃ。御朱印はありませんが、参拝記念スタンプが置いてあります。
出雲国風土記にも名を残す由緒ある神社です。出雲大社の遥拝所となる磐座が趣があります。
曽枳能夜神社(そきのや神社) 出雲市創立年代は不詳です。祭神は伎比佐加美高日子命(きひさかみたかひこ)です。伎比佐加美高日子命は、高天原の天地開闢の神、神皇産霊尊(かむみむすびのみこと)、天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすびのみこと)の造化三神のうちの一神、神皇産霊尊の御子です。祭神はこの地方(キヒサの里)一帯を守る首長神で、出雲大神の祭り主です。古事記(AD712)垂仁天皇の条に「出雲国造の祖、伎比佐都美」は当社の御祭神で、同条「石硐の曾の宮」とは 当社であると考えられます。式内(AD927)社・曾枳能夜神社に比定されている古社で、出雲国風土記(AD713)に「曾伎乃夜社」とある神社です。境内社の韓國伊太氐奉神社(からくにいだてほ)祭神は素戔嗚命、五十猛命(いたけるのみこと、スサノオとクシナダヒメの子)です。この境内社は延喜式(AD927)内社で、出雲風土記(AD713)には、審伎乃夜社と記されています。植林、殖産興業の神です。古代出雲と大陸との交流がうかがわれる名称です。熊野神社から明治44年、当地に遷座されました。岩神「神魂伊能知奴志之命(カンムスビイノチヌノミコト)」氏神の祖先で延命長寿の神様です。出雲大社遥拝の岩盤(いわくら)です。
曽枳能夜神社:島根県出雲市斐川町神氷3祭神:伎比佐加美高日子命神紋:五三の桐境内には岩神:神魂伊能知奴志命若宮神社:土祖神伎比佐神社:伎比佐加美長依彦命韓国伊大氐奉神社:素盞鳴尊、五十猛命奥宮は神名火山(仏経山)にあり、北西の出雲大社まで直線を引けば、曾枳能夜神社~万九千神社~真名井の清水~神魂伊能知奴志神社が線上に乗ってきます。この神社は「出雲の人」にしか解りません。ディープ出雲な神社です。
出雲市斐川町神永〔曽枳能夜神社(そぎのやじんじゃ)〕に出雲国風土記登場地曽伎乃夜社(曽枳能夜神社)の標柱が建っている。神社の東南側の山は「仏経山」で出雲郷の神名火山。〔出雲国風土記 出雲郡条〕に「神名火山 郡家東南三里百五十歩。高一百七十五丈。周一十五里六十歩。曾支能夜社坐、伎比佐加美高日子命社、即在此山嶺。故云神名火山。」標柱にも記されているように、元々は山の峰にあった神社が祭祀や参拝の便利性から麓にもその場所を設けたと考えられる。仏経山への登山口は出雲ロマン街道を東へ1.7キロ程行った所に目印となる標柱が建っている(斐川町直江、投稿写真を参照)。神社から出雲ロマン街道を西へ1キロ程行くと道路際(出雲市斐川町出西)に出雲国風土記登場地出雲郷の標柱が建っている。
これから行こうと思っています。境内に「さざれ石」があり、これ仏経山の磐座に代わるものとのこと。出雲大社への遙拝所とされているようです。そんな訳で、先日、お参りをしてきました。
曽枳能夜神社島根県出雲市斐川町神氷823そきのやじんじゃ祭神伎比佐加美高日子命きひさかみたかひこのみこと地域の有力者出雲国造の祖神とも言われます境内には韓國伊太氐奉神社があり素戔嗚命・五十猛命が祀られています。
| 名前 |
曽枳能夜神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0853-72-3255 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6406 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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曽枳能夜神社(そぎのやじんしゃ)。島根県出雲市斐川町神氷。式内社(小)曽枳能夜神社、旧郷社。<境内社>式内社(小)同社韓国伊太弖神社(-イタテ-)【祭神】素戔嗚命【祭神】伎比佐加美高日子命(きひさかみたかひこのみこと、神魂の命の御子)(合祀)伊邪那美命 速玉男命 予母都事解男命(よもつことさかのおのみこと、熊野の神として崇められ、悪縁切りや魔除けの神徳)【祭祀対象】本来は神名火山(仏経山)を祀る資料によると、創立年代は不詳。式内社・曾枳能夜神社に比定されている古社で、出雲国風土記に「曾伎乃夜社」とある神社。祭神、伎比佐加美高日子命は、出雲国風土記にのみ登場する神である。昔、神名火山一帯を、「キヒサ」と呼び、この地の首長とする。古事記垂仁記に出雲国造の祖、伎比佐都美が皇子牟和氣命(ほむつわけのみこと)に供御を奉ったという記述がある。なお、配祀されている伊弉冉尊以下の祭神は、明治四十四年合祀された、天正十五年創建の熊野神社のもの。境内社の社韓國伊大弖奉神社も式内社。出雲国風土記にあるもう一つの「曾伎乃夜社」。熊野神社の境内社であったが、明治四十四年、当社境内に遷座された。境内社の若宮社を、式内社・韓国伊大氐奉神社とする説もある。境内社の伎比佐神社は、出雲国風土記にある「支比佐社」とする説がある。拝殿に対面した形で、岩盤があり、「御祭神 神魂伊能知奴志之命 ( かんむすびいのちぬしのみこと )氏神伎比佐加美高日子命の御祖神にして延命長寿の神なり。」とある。とあります。