神気を感じる來坂神社。
来阪神社の特徴
神気を感じる清々しいスポットで心が癒されます。
スサノオが腰掛けたと伝わる大岩が見どころです。
古い歴史を感じる苔むした貫禄のある磐座があります。
750 ロシアから平和をこめて。
切妻造妻入り 二間×二間 背面宇豆柱側柱より太く外に出る 床下中央に心御柱様束を設けるが身舎内部にはない 大規模な正統的大社造系本殿 拝殿前に門神社を有する また珍しく銅鳥居が建つ棟札から明治32年(1899)建立(『出雲市内神社建造物調査報告書』(2018))
出雲國風土記「來坂社」、延喜式出雲郡「(來坂神社)同大穴持海代日古神社」出雲國風土記「来坂社」、延喜式出雲郡「同大穴持海代日女神社」主祭神:海代日古命、海代日女命、素戔嗚尊、稲田姫命、大己貴命、少名彦名命 他例祭日:四月十一日天王山キャンプ場の横にあり、見晴らしのよい所です。神社の階段下には、スサノオの腰掛岩と呼ばれる巨石が祀られています。來成天王社は広く信仰を集め、江戸末期には名社のひとつに数えられる程で、出雲十郡図の西部に記された6社のうちのひとつでもあります。※杵築大社、日御碕神社、塩冶八幡宮(塩冶神社)、朝山八幡宮、妙見社(長浜神社)、來成天王社(来阪神社)社伝によると、風土記と延喜式に記載された2つの來坂社は元は一町ほど東に鎮座していました。しかし、天文年間に社殿が焼失したため、來成天王社に合祀され、そのまま再興されませんでした。明治維新後の神社制度改正の折、來成天王社の名では新しい社格を得られそうになかったため、社伝を元に風土記記載の来阪社を名称とすることで村社に列せられました。大正10年に郷社に昇格しています。
鼻高山登山口の近くにある神社です。秋には紅葉を楽しむことができます。
何か由緒ある雰囲気を纏った神社です。麓の集落の登り口付近に石碑がありますが、そこから思いのほか急勾配の道でした。
【比定社】来坂社(くさかのやしろ)【主祭神】素戔嗚尊、稲田姫尊、大己貴尊、少名彦名尊【境内社】佐久良神社【神 紋】二重亀甲に剣花菱スサノオが腰掛けたといわれる大岩がある。「くさか」社は3社。
自転車でウロウロしてると良い雰囲気や~♪んん?登山口・・・・まぁ500mほどやしええか~💦💦頂上は最高でしたΣ(・ω・ノ)ノ!なめてました(-_-メ)
苔むした貫禄のある磐座です。来阪神社 スサノオの腰掛け岩 高天原より天下った 素戔嗚命が腰掛けした岩 鼻高山の中腹 出雲市矢尾町787
素盞嗚尊をお祀りした神社。出雲市街を俯瞰できる景色が最高です。3本あるスダジイの巨木は必見です。特に一番手前のスダジイはうねるようなエネルギーを放っています。
| 名前 |
来阪神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0853-22-5062 |
| HP |
https://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=30123 |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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来坂神社(くるさかじんじゃ)。島根県出雲市矢尾町。旧郷社。<合祀>式内社(小)同社大穴持海代日古神社<合祀>式内社(小)同社大穴持海代日女神社同社とあるのは、式内社記載順で同上の久佐加神社に同じと言う事。【祭神】素盞鳴尊 稲田姫尊 大己貴尊 少彦名尊(合祀)海代日古尊 海代日女尊(配祀)天之御中主神 正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命 天津日子根尊 活津日子根尊 熊野久須毘尊 多紀理毘賣尊 市杵嶋毘賣尊 田寸津比賣尊資料によると、資料では「きさかじんじゃ」となっており、正確には「きさか」だと思う。が、麓で道を伺った地元の方が「くるさか」と発音されていた。高天原から天降った素盞鳴尊が、当地に座して遠近の形勢を観望したという。江戸時代には、「来成(きなし)天王社」と称していた。背後の鼻高山は、宇迦山の主峰にして、古くは熊成峯と称していたらしい。「熊成」は、朝鮮語の熊川(ウンナル)から変化と考え、熊成から、さらに来成へ変化したという説がある。でも、「来坂」のが「成」に変化したと考える方が自然。明治になって、来阪神社と改称。明治三年二月村社に列し、大正十年六月郷社に昇格した。合祀されている大穴持海代日古神社と大穴持海代日女神社は式内社。出雲国風土記に「来坂社」とある神社で、明治十二年の来阪神社「神社明細帳」によると、天文の頃(十六世紀)に焼失し、一町余西方の来成天王社に合祀したとある。祭神、海代日古尊と海代日女尊は大穴持命の御子神と考えられている。鳥居前に「スサノオの腰掛岩」がある。とあります。