仏経山を望むつがり神社の神秘。
都我利神社の特徴
神門の先に見える仏経山が美しいロケーションです。
参道の階段を上ると、歴史深い神社があります。
アットホームな雰囲気の中で、さまざまな神々を拝むことができます。
つがりじんじゃ。階段が非常にきついです。本殿まで車で行くことが出来ます。
参拝して振り返ると、神門の先に仏経山が真っ直ぐ拝める素晴らしいロケーションです。
出雲國風土記「(伊農社)同社」、延喜式出雲郡「都我利神社」主祭神:阿遅須枳高日子根命合祀:出雲國風土記「伊農社」、延喜式出雲郡「意布伎神社」主祭神「茸不合尊」合祀:出雲國風土記「同社」、延喜式出雲郡「伊佐波神社」主祭神「伊邪那美命」例祭日:十一月三日合祀されて伊農系三社が一緒になりました。この地は、古代から中世にかけて、林木荘の名の荘園地帯で、杵築大社と日御碕神社の2大勢力に加え、鰐淵寺の所領が介在していたようです。主祭神の阿遅須枳高日子根命は、出雲國風土記では大穴持命の御子。古事記では母は多紀理姫命となっています。すなわち、出雲と筑紫(出雲族と宗像族)の強力な同盟関係を示しています。明治初めに村社に列せられました。明治終わりには、熊野神社、稲荷神社、天満神社、そして式内社の伊佐波神社を合祀しています。道路からいい感じに見えます。
つがり神社。祀神は、大国主命と宗像三女神の一柱との間の御子、阿遲志貴高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)で、高天原が出雲国討伐😠に派遣した、アメノワカヒコとお友達でソックリさん😅国津神ながら、大御神の別称もあるとか。神紋は父神と同じ二重亀甲に剣花菱で、立派な随神門と、高く造られた本殿が荘厳な雰囲気。平田には興味深い神を祀る神社が多い。
都我利神社(つがりじんじゃ)【比定社】伊努社【祭神】阿遅志貴高彦根命 配祀, 伊弉諾命、伊弉冉命、速玉男命、事解男命、倉稲魂命、軻遇突命、道實霊神【住所】島根県出雲市東林木町672【備考】式内社 伊佐波神社に比定『雲陽誌』には「武塔天神 (素戔嗚尊)」とあり境内に「稲荷社」「武頭天神社」並びに牛頭の石像あり平成28年1月3日 参拝令和3年4月28日 参拝 (牛頭天王 勧請)
駐車場がない。小高い丘の上にあります。
中島氏の碑はここにも。
通称八王子社。延喜式「伊布伎神社、都我利神社、伊佐和神社」。出雲風土記では、伊農の社。出雲国風土記、延喜式に載る古社、都我利神社は東林木町の鎮座の神社である。延喜式(927) 巻十神祇神名の頃に 「つがりのかみのやしろ」「都我利神社」 と記された式内社である。 また、出雲風土記 (733) 出雲群の項に 「伊農の社」 とあるのが当社であると、風土記研究家加藤義成氏が指摘している。
都我利神社(つがりじんじゃ)【比定社】伊努社【祭神】阿遅志貴高彦根命 [配祀] 伊弉諾命、伊弉冉命、速玉男命、事解男命、倉稲魂命、軻遇突命、道實霊神【住所】島根県出雲市東林木町672【備考】式内社 伊佐波神社に比定稲荷神社あり平成28年1月3日 参拝。
| 名前 |
都我利神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0853-24-1400 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=30120 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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都我利神社(つがりじんじゃ)。島根県出雲市東林木町。式内社(小)、旧村社。(合祀)式内社(小)伊佐波神社【祭神】味耜高彦根命(合祀)泣沢女神(なきさわめのかみ、水の神)(配祀)伊耶那岐命 伊耶那美命 速玉男命 事解男命 倉稻魂命 迦遇突命 菅原道真資料によると、伊務神社(西の宮)に対し「東の宮」という。拝殿には以下の五つの額がかかっていた。稲荷・熊野・都我利・伊佐波・天満宮。社伝によると、白雉三年(652)四月の勧請。式内社・都我利神社に比定されている古社で、出雲国風土記に「伊努社」の次に「同社」とある神社。明治四年村社に列した。祭神は、阿遅志貴高彦根命。一説には、阿遅志貴高彦根命と阿遅志貴高彦根命の剣を祀るとある。阿遅志貴高彦根命に容姿の似た神・天稚彦命の死に際し、天稚彦命に間違えられて怒り、この剣を抜いて喪屋を破壊したという。その剣の名を、我理といい、都我利の社号となった。昔は八王子とも称されていたが、五男三女を祀るから。あるいは、祭神が大己貴命の第八御子であるから。合祀の伊佐波神社は、式内社・伊佐波神社。出雲国風土記には、都我利神社の「同社」の次に「同社」とある神社。明治四十一年に当社に合祀されたらしい。とあります。