厳かな雰囲気の忌部神社。
忌部神社の特徴
忌部神社は天太玉命を主祭神とする小規模な神社です。
明治期までは大宮神社と呼ばれていた歴史ある神社です。
鳥居が大きく、忌部小学校の隣に位置しています。
東出雲王家である登美家(富家)の分家、忌部氏の太玉が住んでいた地。曲玉を作った家系。その後、太玉は奇日方に従って大和へ移住。奇日方は言知主と活玉依姫の息子。時代背景は大和には初代神武天皇がいて、奇日方の妹の蹈鞴五十鈴姫は神武の后となり三輪山の初代祭主となった。
階段がきついですが、本殿まで車で行くことができます。眺めはそれなりに綺麗です。
忌部神社(いんべじんじゃ)。島根県松江市東忌部町。明治末までは大宮神社と称していた。旧郷社。<合祀>式内社(小)久多弥神社(クタミノ)【祭神】大穴牟遅神主祭神:天太玉命。配祀神:日御碕神社から勧請したとされる天照大御神と春日大社から勧請したとされる天児屋根命を配神として、その他22柱をあわせて祀っている。資料によると、鎮座地のある地域は『出雲国風土記』意宇郡条に記載された忌部神戸に属していた。当社に残された古記録によると、かつては三社大宮大明神と呼ばれ忌部地域の中心的な神社であったが、平安時代末期ごろから総社大宮三所大明神と呼ばれ郷内の総鎮守となったとされる。また同地域には式内社の久多美神社も鎮座しており、中世に大宮の末社になったと考えられる。明治44年(1911年)の神社合祀政策によって大宮神社が村社久多美神社、無格社素鵞神社、七次神社、山智神社を合祀して新たに村社忌部神社として設立された。昭和6年(1931年)に郷社に昇格した。平安朝に忌部神戸の鎮守各社を合祀して、二十二社総権現大宮三所大明神と称された神社。明治合祀の際にも、式内社・久多美神社を含め、周辺の多くの神社がここに合祀されている。当地の総社で、忌部大宮とも称していたようだ。ただし、式内社・久多美神社は大正十二年、古社地に再興されている。忌部の神社らしく、神紋は亀甲に斎の字。忌部は斎部とも書き、天太玉命を祖神とする氏族。天児屋根命を祖とする中臣氏と同様に祭祀の中心だったが、後に、権力は中臣氏に集中する。忌部神戸において作られていたと考えられる勾玉や管玉およびそれらの生産に使われた砥石などが奉納されており、それらは昭和39年(1964年)に松江市より「上代玉作関係遺物」として有形文化財の指定を受けている。とあります。
初詣こじんまりとした神社ながら厳かな雰囲気で身が引き締まる思いがしました。
いんべ神社。長く、滑りそうな石段だが、小学校側から回るとすぐ。忌部らしく、神紋は二重亀甲に「斎」。祭神は大穴牟遅ほか11柱で、社殿はかなり大きな注連縄が飾られ、本殿は内削ぎの千木に三本の鰹木で、春日造りか。境内社が多い。
忌部神社いんべじんじゃ島根県松江市東忌部町957祭神天太玉命社名の通り斎部氏の神社です又祭神も斎部氏の祖神ですやはり玉が奉納されています。
山すその小さな神社です。
忌部神社(いんべじんじゃ)【比定社】久多美社【祭神】天太玉命 配祀,天照大御神、天児屋根命、他22柱【住所】島根県松江市東忌部町957【備考】式内社・久多美神社を合祀。平成27年 参拝。
社頭の由緒書きによれば、明治期までは大宮神社と称し天太玉命を主祭神とした。創建は平安期で、天照大神を日御碕から、天児屋根命を春日大社よりそれぞれ勧請、忌部神戸の神社の総社としての地位占めてきた。『雲陽誌』に三社大明神と記される由縁も、主祭神の三柱よりくるものであろうが、祭神の名に若干の相違がある。総社として崇敬を集める社史は連綿として続き、明治四十四年の官布によって、近隣にあった式内久多美神社、素鵞神社、七次神社、山智神社を合祀。祭神も二十七柱におよび、忌部神社と改称して今日にいたる。
| 名前 |
忌部神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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忌部神社 (齋部神社)690-0036 島根県松江市東忌部町957祭神:天太玉命(アメノフトダマノミコト)天照大御神=日御碕神社から勧請天児屋根命=春日大社から勧請(藤原系)・他22柱神紋:亀甲に齋の字当初は意宇郡・忌部神戸(出雲国風土記)に鎮座していた大宮神社=三社大宮大明神から総社大宮三所大明神(平安時代)に改称、1911年(明治44年)に忌部神社と称するようになった。アマテラスの岩戸隠れの際に祭祀を取り仕切ったのがフトダマとコヤネとされており、その時のメンバーが祭神となっている。コヤネの子孫は中臣氏であり、宮中に深く関わっていった、フトダマの子孫とされる忌部氏は祭祀集団として各地に在住している(阿波忌部氏は有名)、出雲忌部氏は玉作湯神社を中心とした半径2.5Kmの円内(宍道湖・玉造温泉から忌部神社周辺)が勢力範囲で勾玉造=玉造を主とした祭祀集団とされている。尚、忌部氏は現代でも祭祀用具の製作を担っている。玉作湯神社へ参り、古代の玉造を見学して、忌部神社で「アマテラスの岩戸隠れ」を想定して「フトダマ」の祈りを思い起こして、旅の終わりに玉造温泉で「アメノウズメのフラメンコショー」を頭の中で楽しんで・・古代へ没入しましょう。