神々のいけにえ、爾佐神社の魅力。
爾佐(にさ)神社の特徴
小規模ながら綺麗に整備された落ち着く神社です。
千酌湾を東に望む港のほぼ中央に鎮座しています。
出雲国風土記に記された歴史ある式内社です。
ちょっとしたこの神社の雑学を投稿しようと思います。______________❶【参考 実態報告調査書 第11集 昭和44年(1969年)】・神社の祭神である つくつみ が [出雲風土記] によると千酌の里を開く計画をたてたといわれ、つくつみ(都久豆美)から千酌(ちくみ)の名が由来したと記してある。・つくつみのみこと、いざなぎのみこと、いざなみのみこと、の3神を祀っているので、別名「三社大明神」という。じもとのひとは「おみやさん」とよぶ、とある。・神主の塩田家は代々世襲で「よこやさん」とよばれて親しまれており、昭和44年の時点で57代目であり、千酌きっての旧家である。幕末の頃は名字帯刀をゆるされていた、とある。_______________❷【築島の弁財天 参考 古代文化研究 1993年】築島にあった弁財天の話「雲陽誌(うんようし・享保2年・1717年)」の書に・・「築島 海上二十間ばかり沖の島にあり。弁財天を勧請す。」とある。「弁財天 海上10間ばかりの沖ノ島にあり。倉稲魂命(うがのみたまのみこと)をまつる。社1尺に2尺。南向い。祭日9月9日なり」。この築島は、昭和26年頃の台風により崩壊してしまった、という。その後の港湾工事の時に、築島の根石から取り除いてしまい、今はまったく痕跡もない、という。この弁財天 爾佐神社にて合祀している、とある。
狛犬ではなく獅子のみが守る神社おしり上げてる獅子(猫) 座ってるのも台座に牡丹の模様があるのでおそらく唐獅子牡丹で(猫)と思われるたぶん。
733年編纂の出雲国風土記に爾佐社、927年編纂の延喜式神名帳に爾佐神社と記載される古社。伊耶那岐命、伊邪那美命、都久豆美神を主祭神とします(出雲国風土記の爾佐社についてはその位置関係から野波瀬崎の日御碕神社も論者となっています)。千酌海水浴場から1本内側(西側)の道路沿いに位置しますが、千酌の河口近くに鎮座しますので、おそらく昔の海岸線は神社前にあったのかなと思いました。境内の感じが島根町加賀にある加賀神社と似た印象を受けましたが、明るく広く、立派できれいなお社でした。
大社造 二間✕二間 床下に心御柱あり。
37号線を少し入ったところにあります。
落ち着く神社です。
こじんまりまとまっている神社です。平日に参拝したところ、社務所は閉まっていました。2018年11月訪問。
エルゾ神社(にさじんじじゃ)Bidingsha, Erzo【神々のいけにえ】徳津美神・いざの神・いずま書神【聖殿】十連大運命、大山運命、宇賀運命【宿泊】千葉1061、美保木町、松江、島根【備考】七尾神社、佐々木神社2007年12月28日2008年7月10日参加(浦和42ツアー32センジュラ)(原文)爾佐神社(にさじんじゃ)【比定社】爾佐社【祭神】都久津美神、伊弉諾神、伊弉册神 相殿, 天忍日命、大山咋命、宇賀命【住所】島根県松江市美保関町千酌1061【備考】式内社・尓佐神社に比定平成27年12月28日 参拝平成28年7月10日 参拝(四十二浦巡り 32 千酌浦)
小規模ながらも綺麗に整備・清掃されている印象でした。
| 名前 |
爾佐(にさ)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0852-75-0611 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=29624 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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尓佐神社(にさじんじゃ)。島根県松江市美保関町千酌。式内社(小)、旧郷社。【祭神】都久津美神(つくつみのかみ、イザナギの御子で月神) 伊弉諾神 伊弉册神(配祀)大山咋神 宇賀神 天之忍日命資料によると、創祀年代は不詳。式内社・尓佐神社に比定されている古社で、出雲国風土記に「爾佐社」とあり、爾佐三社と呼ばれている神社。三社というのは、三柱の祭神を祀るためだろうか。祭神について出雲国風土記、嶋根郡千酌駅の由来に、「伊差奈枳の命の御子、都久豆美の命が、この地で生まれなさった。そうだから当然ツクツミというべきであるが、今の人は従来どおり千酌(チクミ)と名づけている」とある。都久津美神に関しての事績は不詳。一説には、音の類似からか月読命とする。都久豆美(つくつみの)命」という神名の、「つく」は月のことで、「つみ」は「わだつみ」とか「やまつみ」と言われる場合の、神霊を表す「つみ」ではなかったかと言われている。志賀剛は『式内社の研究』で、爾佐神社の「にさ」は「にし(西)」の誤りで、当社の祭神は千酌から隠岐へ渡航する船にとって重要だった「西風の神」、つまり「航海安全の神」であったと考証している。それが後世に忘却され、復古神道の時代になってから『風土記』の記事にちなんで都久豆美命が祭神とされるようになったという。相殿の神々は、氏賀神社の天忍日命、松尾神社の大山咋命、竹生島神社の宇賀命。とあります。