竹谷川右岸、自然の恵み!
潤田の凱旋門の特徴
自然豊かな環境で、マイナスイオンを感じられるスポットです。
竹谷川右岸道路沿いに設置された石碑が目を引きます。
綺麗に維持・管理された史跡として訪れる価値があります。
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自然豊かでマイナスイオンを感じます。
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| 名前 |
潤田の凱旋門 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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竹谷川右岸道路沿いに石碑が建立されていて、綺麗に維持・管理されています。碑文を引用しご紹介します。【潤田の凱旋門(うるたのがいせんもん)】凱旋門は、日露戦争から戻った兵隊を迎えるために明治三十八年(一九〇五)十月伊藤文助により花崗岩(御影石)で造られました。南側の門柱(表の書) 祝凱旋(裏側の書) 明治三十七・八年戦役記念北側の門柱(表の書) 陸海軍(裏側の書) 明治三十八年十月建立千種村と刻まれています。昭和二十年(一九四五)の終戦まで、出征兵士を村はずれの凱旋門まで「万歳」で送りました。戦意高揚のための凱旋門だったのです。門の間に組まれた二本の日の丸の下を久居の歩兵第三十三連隊に行く人も通りました。そして戦死者の無言の遺骨も悲しみの中ここで迎えました。終戦後、占領軍の車両がこの辺りを回り忠魂碑や表忠碑を壊すというので、壊される前に村が倒して表字を下にして隠しました。倒れたまま放置されていた凱旋門は、昭和五十四年(一九七九)に石工の道具箱の中から元の原字が発見されました。郷土資料館で展示したことをきっかけに昭和五十五年(一九八〇)道路改修に伴い今日の姿に復旧されました。令和二年二月吉日建立 建立者 千種区区長会と、なっています。 -従軍戦死者に対し黙祷-