古い雰囲気漂う知波夜比売神社。
知波夜比売神社の特徴
延喜式神名帳に名を連ねる由緒ある神社です。
歴史街道(R54)からアクセスしやすい立地にあります。
古い社殿の雰囲気が魅力的で心を惹かれます。
社殿の古い雰囲気がたまらない!
歴史街道(R54)から近い式内社にしては訪問者は少ないようです。舞殿には頼杏坪の足跡がしっかり。多加意加美神社の復興や庄原日吉神社での敬老会と雨乞祈願等に加え、ここでは止雨祈願と老老会(養老会)、神社関連の活動範囲の広さに感動しました。昔の神社は公民館+農協+公園+…生活に密着舞殿に消えかけの絵馬が2枚・奉納年の文化◯年が頼杏坪の祈晴告文と一致するなら、赤馬の絵馬であろう。・主君義経から制札を命じられる熊谷直実。「本朝義信傅」が解読の糸口だが、この原画が表紙に描かれた和本のタイトルなので制札の文言ではない。三良坂の知波夜比古神社に同画題の標準的な絵馬があり、逆ホームベース形制札も決め手。本殿の木鼻は獏、尖った牙がそのまま残っているのも珍しい。鬼瓦に◯知の神紋。
延喜式神名帳の備後国三次郡「知波夜比売神社」に比定される式内社。旧社格は郷社。主祭神は天鈿女命、布怒豆怒神。創建は不詳だが、第10代崇神天皇もしくは第29代欽明天皇の御代にはすでに当社の記録はある。例祭は10月9日で、前夜に奉納される神代神楽は天保年間(1831年-1845年)に始まるとされ、布野神楽団により夜8時から夜半過ぎまで行われる。
| 名前 |
知波夜比売神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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知波夜比売神社(ちはやひめじんじゃ)。広島県三次市布野町下布野。式内社(小)、旧郷社。【祭神】知波夜比売神 天鈿女命 布怒豆怒神(相殿)須佐之男命 神功皇后 応神天皇 武内宿禰 多紀理毘売尊資料によると、社伝によれば、第29代欽明天皇(在位:539年-571年日)の御代に創立したという。もとは現在地より布野川を越え、西南約1kmの姫ケ嶽という地に鎮座したという。往昔、天鈿女命が九州日向国より東方に行く時、下布野山で休息したことにより、姫ケ嶽と称するようになったという。天鈿女命は一般的に、天の岩戸に隠れた天照大神を引き出すため岩戸の前で踊ったことでも有名である。ただ、この地に関連する天鈿女命の東国下向は、天孫降臨後、邇邇芸命に命じられ、猿田彦命を伊勢に送り届けるためだっただろうか。後にその地に社を創祀、第10代崇神天皇7年に奉幣があったともされ、欽明朝のものは再建だったともされる。再建は欽明天皇6年(545年)とも。戦国時代の天文13年(1544年)、社殿が焼失したが、天文18年(1549年)には再建された。江戸時代後期の寛政12年(1800年)、現在地にあった高尾山八幡宮に合祀された。この高尾山八幡宮も歴史は古く、奈良時代の天平11年(739年)、下布野、宮の原清水池に宇佐八幡宮の御神霊が現れたので創祀したと伝えられる。明治5年(1872年)、郷社に列し、明治40年(1907年)には当社御祭神を主神とし、八幡神社の御祭神を相殿に祀った。ちなみに、当社は三次郡唯一の式内社だが、三谿郡に式内社「知波夜比古神社」があり、現在、高杉町と三良坂町に論社がある。社名から考えて、当社と関連があると考えられる。とあります。