高倉に鎮座する高蔵神社。
高藏神社の特徴
高藏神社は旧丹波国何鹿郡の式内社です。
境内前に広いスペースがあり駐車可能です。
府道から脇道へ入ってすぐに到着できます。
高蔵神社(たかくらじんじゃ)は京都府綾部市西坂町の高倉に鎮座する神社です。ご祭神武内宿禰(たけのうちのすくね)『日本書紀』では「武内宿禰」、『古事記』では「建内宿禰」、他文献では「建内足尼」とも表記される。「宿禰」は尊称で、名称は「勇猛な、内廷の宿禰」の意とされています。景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代の各天皇に仕えたという伝説上の忠臣で、紀氏・巨勢氏・平群氏・葛城氏・蘇我氏など中央有力豪族の祖ともされています。旧社格 村社延喜式神名帳にある、何鹿郡12座の式内社(小社)広い境内は、地元住民の方々から大切にされているようで、綺麗に整理されており、鳥居、灯篭、案内板、社号標石、社務所、狛犬、覆屋、本殿、境内社などがあります。参道入口には「式内 高藏神社」と刻まれ社号標石が建てられています。鳥居は神明鳥居で「高藏神社」と記された石の扁額がかかっています。境内社は、社殿右手に八幡神社、本殿左手に若宮神社などがあり、その他に稲荷神社、厄除神社、大山祇神社などがございます。手水舎の横に、牛頭天王を祀った小祠がございます。元は、現在地の南にある宮ケ岳山頂に鎮座していたが現在地に遷座したそうです。社伝によると、源頼光が大江山の鬼退治の際、当社に祈願し鬼射祭を行ったらしく、現在でも鬼射の神事として、三月十八日の八幡宮社にて伝承されているようです。下記は案内板を転記延喜式内社(厄除け延命長寿)高蔵神社由緒略記鎮座地京都府綾部市西坂町宮ヶ嶽二十一番地創祀年月日延喜式巻九の中に記載があり、延喜時代901年以前の創始であると考えられる。社名「新訂増補国史大系延喜式」には、高蔵神社(タカクラカムヤシロ・タカクラミヤノヤシロ)と二種類の訓がつけられている。小字名に「高倉」があり、律令時代に食糧などを保管する高蔵が建立され、その由緒から社名がつけられたものと思われる。近世には、大蔵大明神高蔵大明神とも称された。ご祭神「竹内宿称」である。宿称は古事記、日本書紀の伝承に現れる大和朝廷の発展に尽力した政治家で、孝元天皇の曽孫とも言われる。鎮座の里の字名に竹(武)乃内の地名が残っている。式内社となったのはご鎮座の西坂町が古代早くから開拓され、文化が開けた豊かな集落であり、当社の近くに円墳一基、北方に三基がある。社伝によると、古来より厄神と言われてきており厄除け延命長寿の霊験あらたかであると伝えられている。また、往古より宮ヶ嶽の頂上に祀られていたものを中世に現在地に遷し祀られたものと言う。遷座されたのは 毎年国司が奉弊のため参詣の際、余りに急峻のために度々落馬することなどあり、中世にこの地に遷し祀ったとも言われている。また、社殿の衣冠束帯の八体の神像は、宮ヶ嶽山頂に祀られていた社殿の礎柱を以て刻まれたとの口伝もある。更に、竹の内の小字大門には、常夜灯として氏子が御灯を献じ続ける灯篭がある。これは、高蔵神社が、宮ヶ嶽の山頂に祀られていたころ、灯を献じ山頂の男宮を崇め敬った遥拝所であったと考えられる。本殿の建立は棟札から、享保14(1729)年9月吉辰と建立されているが、多分再々建でありうと考えられる。当社の特異神事三月二十八日の八幡宮社の祭例に鬼射の神幸が伝承されている。社伝記録に「源頼光が大江山の鬼退治の際、高蔵神社に参詣し、諸願成就の上は再度参拝すると祈誓し、鬼射の神事を執り行った」という。今にこの神事が伝承されている。それは「長さ一尺幅八寸の薄い杉板の一枚に鬼の字を、別の杉板一枚には左馬(漢字の馬を左右逆にしたもの)の字を書き、的の上に吊るし置き、児童が先に鬼の字を、次に左馬の字を射抜かしむ。」とある。氏子崇敬者江戸期より西保村(現西坂町)全域であり、氏子数は明治十六年四月調に百六十戸とある。年間恒例祭事歳旦祭 一日一日 新年互礼会を兼ね全戸参拝厄除祭 一月十八日 氏子中の成寿者の奉告祈願祭新年祭 三月十八日 地域の安泰、五穀豊穣を祈願勧学祭 三月十八日 氏子の中の子弟の小学校入学と中学校卒業を奉告し祈願例大祭 十月十七日 秋祭、神幸祭と神輿の巡幸、諏訪神社九社神社がお旅所感謝祭 十一月二十三日 新嘗祭境内社とその恒例祭事一、八幡宮社 三月十八日 鬼射の神事二、若宮神社三、稲荷神社 三月一日 五穀豊穣、家業繁昌祈願四、大山祇神社 十二月八日 山の神を祀り大草覆(片方)を奉納、奇祭として有名五、牛頭神社 七月土用丑の日(2023/2/26撮影)
京都府綾部市西坂町の神社。丹波国、何鹿郡。式内社。主祭神は、建内宿禰。高倉下命の説あり。源頼光、大江山の鬼退治では、当社に祈願し、鬼射祭を行ったとされる。現在も、神事として残り、杉の板に「鬼」の文字を書き、三人の子供に射抜かせる。境内社多数。もとは、宮ヶ岳山頂に鎮座。最初の印象は、森の入口にある境内、牛頭神社が出迎えてくれ、社頭からはすぐに4つの社に気付く。左側にも摂社。石が祀られている。現地は、綾部駅から北西8.5Km。府道8号線を西へ、鳥ケ坪信号を右折、府道9号線を10Km進むと、左折する。特に目印らしいものはないが、奥の山は他よりも小高いので雰囲気から察したい。150mほど進んで、山の中へ入ると、右手に境内が見えてくる。駐車場はないが、広い場所なので隅っこにでも借りると良い。トイレあり。
旧丹波国何鹿郡の式内社になります府道から脇道へ入ってすぐに着きます駐車場はありませんが、境内前は広いスペースがあるので車は停めることができます。
| 名前 |
高藏神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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高藏神社(たかくらじんじゃ)。京都府綾部市西坂町宮ケ嶽。式内社(小)、旧村社。【祭神】建内宿禰資料によると、創祀年代は不詳。大蔵大明神、高倉大明神とも称された神社で、式内社・高藏神社に比定されている古社。もとは、現在地の南にある宮ケ岳山頂に鎮座していたが、古代のある時期に現在地に遷座。祭神は、建内宿禰。高倉下命とする説もあるようだ。今も小字名に「高倉」があり、律令制時代にここに食料などを保管する高蔵が建立されていたのか、その由緒から社名がつけられたものと思われる。とあります。