戸塚道路沿いの隠れ社。
庚申塔・道祖神の特徴
高松寺の右の山側にあり、趣のある庚申塔が鎮座しています。
戸塚道路沿いの歩道から階段を登ると、隠れた社があります。
文化十三年製の歴史ある庚申塔が待っています。
高松寺の右の山側の階段を登り、御堂の裏側から入りました。こちらに祀られている庚申塔について記述します。唐破風笠付角柱型の庚申塔です。日月、青面金剛立、ショケラ?、邪鬼、二鶏、三猿で構成されています。右側面に「文化十三丙子十一月吉日」(1816)また下部に「矢沢講中」と講中達の銘が確認できます。左側面に「大山 八王子 道」と刻まれ、この庚申塔は道標を兼ねていたことが分かります。下部には「世話人」とその方達の銘が刻まれています。全体的な風化は否めませんが、当時の雰囲気を色濃く残し、彫りが緻密で、また道標も兼ねた非常に魅力的な庚申塔です。戸塚周辺で同じような雰囲気の庚申塔は思いつきません。
案内板がないので非常に分かりずらい所に鎮座されています。階段を上がって左側に庚申塔と小さな石祠があります。砂岩で作られているので風化がかなり進んでいます。またその奥に赤いトタン屋根の石祠を2基納めた社殿があります。謂れの書いた案内板は有りません。この2基が昔からここにあったのかも知れませんね。
戸塚駅から県道22号線(長後街道)に出て、国道1号線へと分け入り更に歩みを進めていた時ふと左側に階段を見つけ、見上げると小さな社がある。気になって階段を上ったがすぐそこに民家があり、何となく気まずくなったので賽銭を置き手を合わせてすぐに階段を下りた。普段は歩く時にマップなどは見ないのだが、このような発見があるとその地域のマップをまじまじと見たくなる気がする。
戸塚道路沿いの歩道から階段をのぼるとある。三猿を従えた青面金剛像と祠、社殿のなかには双体道祖神の姿も見えた。すぐ真横に民家へと通じる階段がある。何か月か前、この階段を上り下りする引っ越し業者らしき人たちを見た。社殿の後ろに道が通じており墓がある。ここは高松寺方面から見える立ち入り禁止の階段と通じているようだ。ここを降りた先の丘に墓地があるが、そことも通じている。
2023/9/27 再訪問思う所有り、再び来た。長テーブルの位置は変わっていたが、何処にも行きようが無いのか、石塔の前に放ってある。今回はじっくりと庚申塔を見た。更に社を覗いたら、何と石祠と道祖神が有る。(写真は5枚目から)①庚申塔・道標 (笠付方柱/日月/青面金剛/ニ鶏/邪鬼/三猿)「文化十三 丙子 十一月吉日 矢沢講中・大山 八王子 道」ー1816年建立。この塔が立っていた処を想像する。矢沢辺りには違いないが。大山 八王子道 は、ここでは中田に行く道だ。その道は、昔は清源院の処で旧東海道から分かれた。旧東海道→清源院前→矢沢公園前→(現)長後街道 矢沢信号 となる。その先は、踊り場辺りまできつい山道だったようだ。②道祖神 (駒形板碑型/双体立像)「天明九 己酉 歳正月吉日」ー1789年建立。天明九=寛政元だが、改元(1月)前に彫ったようだ。(10ヶ月前)長後街道から、戸塚道路の藤沢方向に入る登り車道沿いの歩道、を歩くと狭い階段が有る。そこを入ると、林の奥に小さな社がある。名前は無い。社の前の階段横にはアルミ製テーブルが逆さに放置されている。ほとんど管理されていないようだ。左横には庚申塔と石塔がある。さらに奥には民家に通じる階段があるが、門扉が閉まっている。それは、そこから戸塚道路側に出るためか、或いは神社の世話のためか。
| 名前 |
庚申塔・道祖神 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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文化十三年製の庚申塔。大山・八王子道と彫られている。上に堂あり、夫婦神の道祖神を祀る。