県下最大級の方墳、驚きの復元美!
川合次郎兵衛塚1号墳の特徴
可児市川合にある、全面石積みで覆われた豪華な方墳です。
古墳時代後期に築かれた、復元が美しい貴重な史跡です。
石室内部は電気が点灯でき、訪れる人を楽しませる工夫があります。
たまたま近くに宿を取ったので見に来て驚きました。府中にある熊野神社古墳にそっくりです。前方後円墳に代表される、一般的な古墳とは設計思想が異なるようで、石で擁壁(全体が石造り?)が形成されている他、山を作るのに必要な土砂を、周辺を掘ることで調達する結果、堀になってしまうのが、これらの古墳ではそうなっていません。ちなみに、1枚目の写真が川合古墳のもの。2枚目が府中の熊野神社古墳のものです。見た目が、かなり似ていますね(いずれも当時のままではないので、修復による差があると思われますが)
2025年4月上旬平日早朝。そろそろ桜の季節、ちょっと立ち寄ってみました。2024年7月中旬朝一。散歩がてらちょっと寄ってみました。綺麗に整備されています。隣の地区センターに資料館が併設されているので、興味のある方は寄ってみて下さい。9:00~16:30(月曜日、祝日の翌日、年末年始は休館)が開館時間です。
本来の土が被った状態を保つ事をせず、丸裸にしてしまうのはいかがなものであろうか。子供に間違った認識を与えてしまう危険があると思う。
可児市川合にある方墳です。木曽川左岸の河岸段丘上にあり、一辺29.5mの方墳に三基の石室が開口しています。道路からもよく見え葺石で覆われた巨大古墳に驚かされました。西隣にはトイレ駐車場完備の川合公民館があり、中には川合考古資料館もあるますので、あわせて見学されてはいかがでしょうか。三基の石室の口コミもそれぞれ書きましたのでご覧ください。
古墳と言うと石室の上は土というイメージでしたが、ここは全面石積みで覆うという豪華さ?で、副室まであるという異例の構造です。
初めて来ましたが 綺麗に復元されておりました近くまで寄ってみることもできますし 石室内部は横のスイッチを押せば電気がつくと言う いたせりつくせり こんな大きな古墳を昔の人はよく作ったもんだと感心するようなものでしたこのような 古墳をしっかりと管理している市町村はすごいなと思うところです。
こういう外観の古墳も非常に珍しいのではないでしょうか?付近一帯は砂利の原石が採れるので土造より玉石造りだったのでは?以下、引用文です。この古墳は、方墳としては県下で最大級の規模を誇ります。古墳時代にはその初め(3世紀後半頃)から、大玉や首長のお墓はほぼ全国的に前方後円(方)墳と決まっていましたが、世紀の後半頃になると、中央ではこれに代わって方墳が築かれ始めます。この変化は岐阜県内でも同じ状況を示しており、6世紀の終わり頃から7世紀の前半頃にかけて、各地の首長墓として大型の方墳が築かれています。この時期、民衆の間でも古墳が築造されるようになりましたが、その中にあってこれらは群を抜いた規模を誇っています。可児市教育委員会@以上、現地案内看板・説明文より。
かなり気合いを入れて復元・管理されている古墳です。ここまですれば、周りに数十あったという全ての壊されてしまった古墳の主にも、多少の申し訳は立つのかな。世界遺産で話題の大仙陵も、築造当初は全面葺石で、海から見えるほど白く輝いていたそうですが、こんな感じだったんでしょうか。葺石まで復元されている古墳は多くないので、そういうイメージが湧くという意味ではとてもありがたいです。3つも石室があるのも珍しいと思います。あまり大きな石は使わず、豊富にあったであろう木曽川の川原石を積んでいるので、作りやすかったのかもしれません。なんと照明付きで中が良く見えます。素晴らしい。隣の公民館には発掘の敬意や出土品等を展示する資料室があります。(車を停めるスペースも有り。)子供の学習にも最適だと思います。
古墳時代後期に築かれた方墳。全面を川原石で覆われた姿は圧巻。
| 名前 |
川合次郎兵衛塚1号墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0574-63-4339 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
方墳としては県下最大級の規模2026年1月上旬に初めて行きました。説明板には———————————————————————-この次郎兵衛1号墳は、古墳時代の終わり頃(7世紀の初め頃)に築かれた、大型の方墳です。川原石を積み上げて2段に築かれており、平らな部分にも小さな石が敷かれています。頂上部以外で目につくものは川原石ばかりで、その姿は見る人を威圧するかのようです。周濠も人の近寄りを拒んでいます。この古墳には3つの横穴式石室が発見されました。中央には2部屋に区切られた巨大な主室、向かって左側に西副室、右上に東副室が見えます。さほどの時期差はありませんが、2つの副室は後で増築されています。また、主室は2回以上の理解が行われ、主室の一番奥には石が置かれていたようです。3つの石室は荒らされてはいましたが、副葬品としての須恵器や鉄器、装身具類などが多数見つかっています。東副室の外回りには、60個を超える大小の須恵器がびっしりと供えられていました。子供用に増築されたとみられる東副室の、手厚い埋葬を物語っています。———————————————————————-とありこれまで見た古墳の多くは草木が生えておりましたが、こちらは築造時を復元され、石が敷き詰められており、生で見ることで1300年以上前の技術力に感心しました。