昭和の栄華を感じる廃鉱。
土倉鉱山跡の特徴
土倉鉱山跡は明治43年から昭和40年まで稼働した銅鉱山の跡地です。
岐阜側303号線から片側1車線の山道を進んでアクセスします。
細い道を抜けた後は、スズメバチやクモがいない穏やかな環境が広がります。
柵が出来ていて、中に入る事は出来ない様になってます。鉱山跡の説明の看板が柵に設置されてました。写真の場所の手前側に、砂利ですが車が停められる駐車場があります。道中の道は細いですが、駐車場もありますので、車で来ても問題ないかと思います。
スズメバチの巣らしき物がありました、行かれる方は注意した方が良いかも。
20世紀半ばの最盛期には鉱山で働く従業員らとその家族を含めると1500人もの人たちで賑わっていて、周囲には学校、病院、映画館、マーケット、風呂場、散髪屋などがあり麓の町よりも栄えていたみたいです。この鉱山跡を上から眺めたかったのですが道らしきものはありませんでした。次来る時は草木が生い茂る頃に見てみたいと思います。〈2019年〉
国道からの進入が少しわかりにくい。入ってからも、道は狭いです。少し前に、滋賀ラピュタと言われていたところになります。一時的に閉鎖されて囲いが設置されました。写真は、囲いが設置される前のモノです。
入口の看板が古すぎて分かりにくいので注意!道は狭くすれ違い注意!鉱山跡の前に砂利敷きですが駐車場有り結構立派な建物で感動した坑道の入口は今は鉄格子で入れなくなっていて奥から水が流れている全体的に迫力がありました。
明治43年採掘開始で昭和40年に閉山となった銅鉱山です。今は強者どもの夢の跡が遺構として静かに佇んでいます。日本の原動力になっていたんですね!
国道からそれて細い舗装道路をしばらく進むと、その道から更に上に上がる細い道があり、そこから350mほどで到着。前には未舗装だが駐車場がある。建造物は草が多い被ってしまい確認しづらいが、それでも当時の面影を感じるコトができ、重厚だ。
岐阜側から303号線より左折しました。鉱山跡までの道のりが少し狭い印象でした。フェンスがあり外から眺めました。
フェンスで囲われ立ち入り禁止なのは仕方ないけど、草木に覆われ全容が確認出来ませんでした。季節の問題かもしれませんが手入れされないなら他の季節も期待はできないかも。
| 名前 |
土倉鉱山跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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2026.5.16 現在はフェンスが設置され、中に入る事は出来ないようです。草木に覆われ全体が見えません。ただ、石碑の横から入れるというか、フェンスが中途半端に設置されているため、石碑の横は通りたい放題。いつ崩れるか分からないので入らない方がいいと思います。スズメバチの巣がありました。最近はクマも居るかも。