新島襄旧宅の古墳群で歴史探訪!
安中6号墳の特徴
新島襄旧宅敷地内に位置する古墳は、歴史的な魅力満載です。
径24mの円墳は、給人畑古墳群に属しています。
盛り上がった部分全体が古墳である可能性があります。
給人畑古墳群に属する径24mの円墳。新島襄旧宅裏に有り、墳丘自体が公園となっている。鉄棒があります。西奥に「皇太子殿下御誕生記念公園」と記された石碑が建っています。この古墳、公園の名前なんでしょうか?ただ、明治天皇、大正天皇、昭和天皇、平成天皇の時なのかわかりません。感じから言うと、昭和天皇かも、と推測します。それと、南側に向けて横穴式石室が開口しています。石室の構造から6世紀後半か末頃の構造と考えられているそうです。石室の中には小さな社があります。ドラゴンクエストならば、貴重なアイテムが見つかりそうです。失礼しました!付け加えれば、この古墳、公園にはやたらと石碑と説明板があります。本当によく集めたものです。先ず①新島襄先生の事績を記述した記念碑である「新島襄先生之碑」②安中藩主板倉勝昭が振興策として実施した、漆栽栽培の励行により、百万株の苗木を植えさせた時の、利益の配分を定めた「漆園の記碑」③郷土の教育に長年従事し、貢献のあった有坂新助先生90歳の長寿を祝し、郷党師弟が建立した「漢詩浅間山の碑」④湯浅半月が明治18年同志社の卒業式の席上朗読した自作の新体詩「十二の石塚」のうち緒言十句を彫刻家分部順治氏が制作した詩碑「十二の石塚」⑤無知の為、漢字が読めず理解できない石碑等です。故郷の偉人と言うか古き昔と現在が繋がっていることが実感でき興味深く感じました。
新島襄旧宅敷地内に古墳があります。石室にも入れます。
| 名前 |
安中6号墳 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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新島襄旧宅の裏の盛り上がった部分全体が古墳なのでしょうか?石室は露出しており、中にはお稲荷様が祭られていました。