三陸の花咲く長谷山観音寺。
長谷山 観音寺の特徴
東日本大震災の慰霊碑の鐘が響く心の安らぎの場所です。
自然に囲まれ、イノシシの足跡が見られる静かな環境です。
三陸観音霊場第22番の美しい墓地が心を癒やします。
岩手三十三観音霊場の参拝でお伺いしました。真言宗智山派のお寺で長谷山観音寺といい、霊場第二十番札所になります。本尊は金剛界大日如来で、霊場御本尊は十一面観世音菩薩になります。大同二年(807年)頃には、気仙地方には「猪川の竜福」「小友の早虎」「矢作の熊井」などの蝦夷(えみし)がいて、征夷大将軍坂上田村麻呂の副将軍である別府隼人がこれを平定しました。その後別府隼人は矢作村に滞在中に病死しそれを悲しんだ家臣(菊池采女)の一人が墳墓を造り、坂上田村麻呂将軍に矢作村に永住し代々菩提を弔いたいと願い出ました。坂上田村麻呂将軍もこれを哀れんで隼人の追福を営むために、観世音を刻み墳墓の上に御堂を建立し観世音を納め智善上人により入仏供養をした。菊池采女は東の地に屋敷を構え西光寺という禅寺を造立し主君の菩提を弔いました。その後の天正年間(1573年~1593年)に西光寺は本吉郡大島に移り、今泉金剛寺十七世閑董院宥建法印が現在地に東屋敷にあった観音堂を移し観音寺と改号し現在に至ります。観音寺には寺宝が多く平安時代末期の十ニ世紀に製作された伝虚空蔵菩薩(木造観音菩薩立像)・伝毘沙門天(木造天部形立像)・木造六臂十一面観世音菩薩立像(本尊:像高約三m)・漆絵曳馬絵馬等があります。
三陸三十三観音霊場 二十二番札所 真言宗智山派 十一面観音菩薩。
東日本大震災の慰霊碑の鐘をならしてきました。合掌。
自然に囲まれたところ裏手にはイノシシが来るようで足跡がチラホラ。
三陸観音霊場第22番。
墓地に咲く花が美しかった。
| 名前 |
長谷山 観音寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0192-55-4220 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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気仙三観音の一 長谷山観音寺です。大同年間に西光寺として創建されたと伝わる歴史の長いお寺です。扁額は「観世音」