本丸東一門跡で歴史散策。
本丸東一門跡の特徴
1612年に建設された歴史ある東一門跡です。
名古屋大空襲で焼失した石垣の魅力が残っています。
清正石近くに設置された案内表示が便利です。
かつては渡櫓形式の立派な門があり、多聞櫓で連結されていたとか。明治の濃尾地震で多聞櫓が被災、撤去されたのちも現存していたが、昭和20年のアメリカ軍による名古屋空襲で天守、本丸御殿と共に焼失してしまった😵💧現存していれば重要文化財だったろうなぁ。願わくば木造で復元してほしい。精密な資料も写真も残っているし😃
位於清正石附近的東一門遺跡,原建於1612年,後與附近的東二門在1945年的名古屋大空襲中一起被燒毀,目前僅剩一段石牆。
東御門は搦手門であり、一之門は櫓門であった。現在は土台の石垣のみが残っている。
案内表示が新たに設置されてました。
清正石の近くにあった門の跡。
清正石の前の石垣です。大小様々な石積が美しい。角隅部の石積が特徴的です。
| 名前 |
本丸東一門跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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本丸御殿を見学した後は、本丸の東側にある「本丸東一門跡」に足を運んでみましょう。現在、門そのものは残っていませんが、ここにはかつて本丸東側の出入口を守る櫓門が建ち、本丸防衛の重要な役割を担っていました。名古屋城の本丸は、表二之門・表一之門からなる正面の防御だけでなく、東西南北それぞれに堅固な守りが築かれていました。本丸東一門もその一つで、城内の移動や警備の要所として機能していたと考えられています。周囲には今も重厚な石垣が残り、本丸を守るために緻密に計算された城郭構造を感じることができます。また、本丸東一門跡の近くには、名古屋城を代表する巨石「清正石」があります。加藤清正の名を冠していますが、実際に清正が運んだことを示す確かな記録はありません。それでも、その圧倒的な大きさから、築城に携わった武将たちの技術力や天下普請の壮大さを今に伝える存在として親しまれています。華やかな本丸御殿が尾張徳川家の権威を示す舞台だったとすれば、本丸東一門はそれを支えた守りの拠点でした。現地ではぜひ石垣や門跡の地形に目を向けながら、江戸時代の武士たちが警備にあたっていた姿を想像してみてください。そして、近くにそびえる清正石の迫力もあわせて楽しんでみてはいかがでしょうか。