沖永良部島の歴史が息づくアーニマヤガトゥール墓探訪...
アーニマガヤトゥール墓の特徴
沖永良部島の赤嶺集落にある町指定史跡です。
アーニマガヤトゥール墓は中が見える扉で有名です。
史跡の周辺には静かな雰囲気が漂っています。
農道を案内板にしたがって行く途中から砂利道にイヤ〜整備されない砂利道を行くとありました。駐車は出来ますが車1台分の空き地があります、道沿いにあるため観覧はすぐ出来ます。
三角屋根のついた破風型のお墓。琉球王国時代は庶民が破風型の墓を作ることは禁じられていたので、詳しいことは分かってないそうですが地位のある人のお墓だったのかもしれません。『赤嶺集落にあるお墓は、アーニ(赤嶺)のマガヤ(小字名)という場所にあるトゥール墓と言うことでアーニマガヤトゥール墓と呼ばれています。1609年の琉球侵攻以降、沖永良部島を訪れた薩摩の人々の影響を受けこのお墓は造られたと言われています。また、古老の話によれば、共同墓地として赤嶺集落以外の人たちも利用した説や、この地域の豪族のお墓という説もあります。しかし、これらの説を裏付ける文献史料や考古学の情報が少ないため謎のままです。アーニマガヤトゥール墓の墓室には、蔵骨器(骨壷)を安置するためのタナが正面奥壁と左右側壁に計3つ設けられています。平面で観ると出窓状のものと考えられます。屋者琉球式墳墓や新城花窪ニャート墓などには3つのタナは造られていないので、アーニマガヤのみの特徴と考えられます。』
アーニマヤガトゥール墓は、沖永良部島の赤嶺集落(アーニ)内の小字、マガヤに位置する町指定史跡です。この遺跡は「トゥール墓」と呼ばれる独特の墓形式を採用しており、南向きの斜面に石灰岩をくり抜いて造られた墓で、内部には三方に棚段が設けられています。玄室の入口は破風型の造りで、島内では珍しい形態です。かつて豪族の墓であった可能性や共同墓地として利用されていたとの説もありますが、確固たる証拠は見つかっていません。伝統的な建築技術と地域の文化が融合したこの墓は、沖永良部島の重要な文化遺産として、その歴史的価値と美しい造形を見る価値があります。
枠だけの扉がありますが、中の様子が見えます。
| 名前 |
アーニマガヤトゥール墓 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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2026·2·4 初訪問少し行きにくいです。