歴史感じる東京第二陸軍造兵廠。
東京第二陸軍造兵廠 荒尾製造所 変電所跡の特徴
旧陸軍向け火薬製造が行われた広大な工場の跡地です。
変電所だった歴史的な建物がそのまま残っています。
有明医療センター周辺の歴史を感じる場所です。
有明医療センターからシティーモール辺りまで、旧陸軍向けの火薬製造をやってた大規模な工場があり、変電所だった建物です。
フェンス越しで見るだけ。
| 名前 |
東京第二陸軍造兵廠 荒尾製造所 変電所跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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戦時中の陸軍最大規模の火薬工場「東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所」その変電所跡です。荒尾二造の敷地は約100万坪、300万平方メートル以上もありました。1931年の満州事変以降、陸軍は全国各地に火薬工場を建設。そのひとつが荒尾だった背景には地域の石炭産業がありました。二造は1943年から終戦までの2年間、稼働し、石炭を原料とする火薬や爆弾などが造られました。戦後、コンクリート製の建物が民間に払い下げられ、復興に活用されました。本部跡に立つ県立岱志高校では建物が運動部室や倉庫として使われています。荒尾二造市民の会の調査で、二造の遺跡は2013年に80か所以上がありましたが、今年の調査では、70か所未満になっていました。遺跡のほとんどが個人や民間企業の所有でいつ消滅するかわからない状況です。その中で「変電所跡」は市が所有し、保存されています。九州に点在していた戦争遺跡もだいぶ減っているようです。伊万里にあった川南造船所も取り壊され平地になっています。前後80年を過ぎ、当時の戦争を知る人々も亡くなっていっているので段々と何のコンクリート跡だろ?となりそうです。これからも減っていくであろう戦争遺跡を現存している内に見学をしたら良いかと思います。