延喜式社殿の歴史価値。
波彌神社の特徴
丹後国丹波郡に位置する波弥神社は延喜式神名帳に記載されています。
社殿は昭和2年の地震で全壊し、旧社殿が移築された貴重な場所です。
鳥居をくぐると案内に従い本殿横の道を進むと神社に到着します。
延喜式神名帳の丹後国丹波郡・波弥神社に比定される神社旧村社駐車場は鳥居くぐった左へ登る道(本殿横に出る)で大丈夫だと思います府道656号線沿いに社号標もあるので、気をつけて走っていたら入口は分かると思いますその道へ入ったらどん突きが神社ですこちらの社殿は昭和2年の北丹後地震で全壊したため、翌3年に大山崎町の離宮八幡宮から旧社殿を移築したものということでした過去の社殿が見れるというのは、それはそれで価値があるんじゃないでしょうか⁉
建埴安命が御祭神?。元は豊受大神を祭るとも。「波弥」とは「はみ」「はむ」で「食べる」の意味か?境内は細やかながらも、きれいに保たれており心地よい。峰山の町は豊受大神を祭る式内社がぐるりと取り囲む。さすが御食国の中心地。
「はみ神社」と読むらしい。天女の一人ともいわれる伝説など丹後地方にはいろいろな伝説諸説ありロマンが膨らむがとても立派な社や鳥居などとてもきれいに整備手入れされていた。誰が来るとも分からないのに手拭きも準備されて日々、地域住民にとっても大切な神社なのでしょう。
延喜式神名帳に名前のある「式内社」。古社にしては本殿の周囲はがらんとしていて、かなりひらけている。
| 名前 |
波彌神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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波彌神社(はみじんじゃ)。京都府京丹後市峰山町荒山。式内社(小)、旧村社。【祭神】建埴安命(たけはにやすのみこと、孝元天皇皇子)【関係氏族】波美臣(はみのおみ、武内宿禰後裔氏族のひとつ)資料によると、「竹野川」中流域の東岸、「荒山」集落外れの丘陵地に鎮座する社。この「荒山」という地にはかつて「新羅神社」が鎮座していたと言われます。「アラ」は朝鮮半島を匂わせる地名。また当社名「波彌(ハミ)」はおそらく、古代朝鮮語の「蛇(ハミ)」と考えられます。そうすると「鉄」との関連も。周辺には「周枳(すき)」を初め渡来人を匂わせる地名が多く見られます。一帯で渡来人が採鉱に従事していたのではないでしょうか。このように原始のご祭神は蛇神だった可能性もあります。一方「 中郡誌稿」という書には、本村の北方小字四反田の東小字有田に近き所にオクダリ又ミタラシといひ 天酒明神の降られし所と伝ふ 口碑に風土記と同様女神裸体にて降りしを丹波郷の者伴ひ帰り 其善く酒を造るを聞き酒を造りて内記村なる字西尾にて之を売り 時人天酒の姥といひたりなどいひ それ故此地後世天酒神の旅所となるといふ━━とあります。周辺の神社が軒並み天酒大明神を祀っていますが、これは豊宇賀能売命のことで、豊受大神のこととされます。ところが現在のご祭神は建埴安命。「ハミ」を「ハニ」と捉えてのこではないかと想像されます。比治山伝説の八人の天女の一人、豊宇賀能売命を祀つてきたものと思はれる。もとは豊受大神(豊宇加能売・保食神.大宜津比売.天酒神.酒戸古神)が祭神となつていたと思われる。とあります。