奈良時代創建、八尾地蔵尊。
常光寺の特徴
近鉄八尾駅から徒歩3分、昭和な商店街に位置しています。
八尾の戦いに関連する藤堂藩士の墓があり、歴史を感じる場所です。
河内音頭発祥の地として、地域に根ざした文化を持つ寺院です。
山号は初日山です。通称は八尾地蔵尊です。河内音頭発祥の地です。
常光寺訪ねて若い頃の盆踊り記憶違いしてたみたい!石碑は新しいが此のお寺だなぁ!万世和平の石碑文読んで懐かしき両親の話と良く似てる!私達家族も生まれたばかりの私や姉を連れて昭和22年8月23日退去証明書記に日本に帰りました!急に弟から墓参りに来てる知らせ入り再会!こんな偶然もあるんやね!
歴史的には大変深い場所なので事前に勉強してから行くとよいです。ただ、観光で訪れましたが、特に見どころがなく、お参りだけして帰りました。
地元密着の商店街を少し入ると大きく立派な山門が見えてきます。大きな敷地の由緒あるお寺です。大阪の陣の際に藤堂高虎がこのお寺で首実験をしたそうです。公開寺院では無いので血天井の見学はできません。そして全く知らなかったのですが本堂右奥に八尾別当の五輪塔がありました。この人物、多田満仲に繋がる一族の方で楠木正成の重臣だったそう。ここで南朝に所縁かる史跡に出会えるとは思っておらず嬉しくなりました。また河内音頭発祥の地でもあるようで境内に記念碑がありました。
4月最終日曜にお練り供養を見に行きました。お練り供養を見たのは初めてです。極楽浄土絵巻を伝えるものだそうです。最初に赤鬼と青鬼が怖い声で叫びながら歩くのですが、怖かったです。餅まきやお経もあって、願成就を願ってもらいました。このお寺は河内音頭発祥の地らしいので、夏には盆踊りに行きたいです。
奈良時代、天平17年(745)に行基により創建され、聖武天皇の勅願所と言う由緒正しいお寺。地蔵菩薩がご本尊で小野篁が彫ったと言われている。(小野篁は地獄とこの世を行き来できるとまで言われた官人)南北朝の戦乱で焼失したが又五郎太夫藤原盛継と言う人物により再建された。その際足利義満により造営用の材木が寄進された。大阪夏の陣の際には金地院崇伝により保護され、藤堂高虎はこの寺の縁側で首実検を行いその時の血に染まった板が血天井として遺されている。また、徳川家光以降の歴代将軍から与えられた朱印状も残る。地蔵盆は河内音頭による盆踊りと共に河内の風物詩に数えられている。これだけの由緒と歴史がありながら普段は商店街の奥にひっそりとしているのがまた庶民の地蔵信仰の常光寺らしい。
八尾の戦いで陣没した藤堂藩士の墓などが所在。
近鉄八尾駅からすぐの場所にあります。既に多くの方が書かれている通り、ここは大坂夏の陣で、藤堂高虎軍と長宗我部盛親軍が刃を交えた場所に関連するお寺です。それも有名なのですが、もう一つ有名なのが、河内音頭発祥の地であるということです。例年でしたら、8月の盂蘭盆会のおりに、ここで河内音頭を皆で踊るのかと思われます。生憎のコロナ禍で、私がここを訪れた2022年においては行われないようであり、おそらく昨年・一昨年もそうだったのでしょう。その対応ということなのだと思いますが、youtubeにて河内音頭を踊るそうです。写真を貼っておきましたが、そちらのQRLを参照してもらえればと思います。疫病の中でも、人々の怨念や無念を鎮める踊りをしていただけるとは、ありがたいことでございます。
昭和な商店街に包み込まれる様に存在してます。近所の子供たちがWiiしながら群がって居る立派な山門を潜った先の境内は、趣ある境内で、更に児童公園でも有り不思議な空間なのでした。不思議と言うか、子供たちが遊び回って居て何だか懐かしい感じ。多分無意識に遊び回ってる彼らに、子供の頃の自分を重ね合わせてしまったのでしょう。
| 名前 |
常光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
072-922-7749 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
別名、八尾地蔵尊。足利義満が自筆で書いた額が寺宝として保存されてるらしいです。大阪の陣で徳川方の藤堂高虎はんが首実検を行った「血天井」があります(廊下を天井に張り替えたらしいです)。大阪の陣で戦死した藤堂家の武将の墓があります。南北朝期の南朝方の武将、八尾別当はんの墓があります。