松山城の筋鉄門を訪れよう!
筋鐵門の特徴
天守近くに位置する門であり、歴史の重みを感じられる場所です。
鉄がはってある柱が印象的で、独特なデザインが魅力的です。
中庭を防衛する門としての機能を持つ重要な史跡です。
素晴らしい!
大天守と小天守の間にある重厚な門。柱の隅に筋鐵を打って強度を高めており、天守建物を防衛するために堅固な造りとなっている。
三ノ門を過ぎるとこちらの門へ。天守と小天守の間に建つ一重櫓門。昭和8年の放火により一部焼失したものの、昭和43年に復元された。天守の堅牢な門構えを形成していると言えるだろう。
天守近くの門。
おぉーここにも門。
門の柱に鉄がはってあるそうです。
天守玄関がある中庭を防衛する門。三ノ門から侵入する敵の正面を射撃する狭間がある。
| 名前 |
筋鐵門 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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筋鉄門は、松山城本壇(天守曲輪)の南側に建つ櫓門で、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています。脇戸を備えた櫓門で、柱の表面に鉄板(筋鉄)が張られていることからこの名が付けられました。鉄板は柱の補強だけでなく、敵の攻撃や火災から建物を守る役割も果たしていたと考えられています。この門は、本壇へ至る防御線の重要な一角を担い、櫓部分は天守と小天守を結ぶ渡櫓としても機能していました。また、門前に位置する三ノ門へ迫る敵を迎え撃つ構えとなっており、周囲の三ノ門南櫓や天守、筋鉄門東塀と連携して、本壇への侵入を阻む堅固な防衛網を形成していました。門を突破しても、敵は複数方向からの攻撃にさらされるよう巧みに設計されています。筋鉄門は、天明4年(1784年)の落雷による火災で天守群とともに焼失しましたが、嘉永5年(1852年)までに再建されたと考えられています。しかし、1933年(昭和8年)には放火によって一部を焼失し、その後、古写真や実測図などをもとに復元工事が進められ、1968年(昭和43年)5月に往時の姿がよみがえりました。その歴史的・景観的価値が評価され、2019年(令和元年)9月10日には国の登録有形文化財に登録されています。外観は白漆喰と黒い下見板張りが美しく調和し、天守群とともに本壇の景観を引き締めています。一方で、門の名前の由来となった鉄板張りの柱は、戦う城としての実用性を今に伝える貴重な特徴です。豪壮な櫓門としての風格と、実戦を重視した機能性を兼ね備えた松山城を代表する城門といえるでしょう。天守へ向かう際は、ぜひ筋鉄門の細部にも注目してみてください。門の柱や櫓、周囲の土塀・石垣との配置を眺めることで、松山城が単なる美しい城ではなく、建物一つひとつが連携して敵を迎え撃つ精巧な防御システムとして築かれていたことがよくわかります。築城の知恵が凝縮された見どころの一つです。