山上の秘密、元住吉山の神社。
可美真手命神社の特徴
元住吉山に鎮座する神社で、自然に囲まれた美しい環境です。
縄文時代の土器が発見された元住吉山遺跡が存在します。
山上に位置するため、足元に不安な方は参拝が難しいです。
可美真手命神社(うましまみことじんじゃ)。兵庫県神戸市西区押部谷町細田。式内社(小)物部神社(モノノヘノ)論社、旧無格社。主祭神:可美眞手命【関係氏族】物部氏資料によると、伊川谷町上脇に鎮座する「伊川谷惣社」と共に式内社「物部神社」の論社となっています。成務天皇19年3月9日創立。この地は細田住吉神社の旧社地とされ、社伝によると、住吉神社は天平勝宝6年(754)宮山に勧請され、永禄2年(1559)に、宮山の高台から対岸の川べりの現在地に移つている。今のこの可美真手命神社のある地が元々摂津住吉神社の社家である津守連が住吉神社を勧請したところであって、後に住吉神社が現在地に遷座されたあと本宮として残された場所であるということである。当社の社名であり御祭神でもある「可美真手命」とは物部氏の祖「饒速日命」の子にあたる人物で、『古事記』では「宇摩志麻遅(ウマシマジ)命」、物部系の史書『先代旧事本紀』では「味間見(ウマシマミ)命」と表記されています。ただ、当地の広域地名「押部谷」とは「忍海部」に因むといい、製鉄技術を持っていた新羅系の集団「忍海漢人」との関係から当地に物部氏が居住していたと推測する説もあります。とあります。
成務天皇19年(149)創建の最古級の古社は、「物部神社」として延喜式に記載された式内社。知る人ぞ知る存在で、神戸の人もどれだけの方がご存じだろうか。竹林と雑木に囲まれた境内は元住吉山とも言い、川向の「住吉神社」はこちらに創建されている。周囲では縄文時代後期(4000~3000年前)の土器片が発見されており、この時代の類似した土器は“元住吉山式土器”と呼ばれているそうだ。古くは自然崇拝だった神道初期の御神体の山だったかも知れない。古代に思いをはせるには最適な御社。
2025.1.26神戸市西区押部谷町の明石川左岸の台上に鎮座する式内社。対岸には住吉神社が鎮座しているので、車で参拝の場合は住吉神社から徒歩での参拝がお勧めです。こちらの神社には、駐車場は有りません。そもそも車道も繋がっていません。台上にひっそりと佇んでいます。元は、対岸の住吉神社があったとされる場所です。入り口はバス停が目印になります。
なんか凄かった道中、小さい虫がたくさん近くを飛んでいたが、中に入り手を合わせはじめると、一斉に静かに何処かに行ったのかいなくなった。
兵庫県神戸市西区の神社。主祭神は、可美真手命。延喜式神名帳には、物部神社としており、物部氏が関係する。式内社。成務天皇19年(149)の創祀。標高40mの小高い山の上にある。細田住吉神社の旧社地であり、現在は200m北側に遷座。元住吉山遺跡として、段丘裾部から縄文土器が見つかっている。津守連は住吉大社の社家であったことから、住吉大神を勧請した。物部氏関連社。現地は、県道83号線、神姫バス・細田住吉前バス停から坂道を登る道がついていて、そばに住吉神社の看板がある。徒歩でないと進めない。なお、駐車場はなく、川向う、120m北の住吉神社に借りると良い。場所に意味があると感じられる。可美真手命、うましまでのみこと、宇摩志麻遅命は、島根県大田市に物部神社があるほか、奈良県天理市の石上神宮、大阪府東大阪市の石切剣箭神社、岡山県赤磐市の石上布都魂神社がある。鳥取県倉吉市の波波伎神社、鳥取県倉吉市の大原神社は、石上神宮と関係性を指摘する説もある。
「うましまでのみこと」と読みます。近くの住吉神社に案内図が出てましたので、そちらを参照しましたのと、口コミ書いて下さった方を参考にさせてもらいました。ありがとうございます。腫れ物、できものを治してくださる神様が祀られています。坂を上がり、すぐ着きますが足元がわるいです。
山の上にあるので、足元の不安な方はお参りしにくいかも・・・でも、それを除けはいい神社ですね。歴史を感じます。
「うましまでのみこと」と読みます。近くの住吉神社に案内図が出てましたので、そちらを参照しましたのと、口コミ書いて下さった方を参考にさせてもらいました。ありがとうございます。腫れ物、できものを治してくださる神様が祀られています。坂を上がり、すぐ着きますが足元がわるいです。
道路沿いの林の中にポツンと鎮座されている神社です。場所はわかりにくいです。カーナビではスマホで出したジュ所はありませんでした。
| 名前 |
可美真手命神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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主祭神はウマシマジ様古事記では神武東征以前に大和を治めていたニギハヤヒの息子であり物部氏の祖神になる。場所はとにかく分かりにくく、Googleマップどおりに行くと西の民家内を通るルートが案内されるが、正解は明石から三木に抜ける県道沿いのバス停から斜路を登って森の中を5分程度歩いた先に鳥居があります。神殿は新しいが他の方のコメントであるように山自体が御神体と考えるべきでとても雰囲気のある空間でした。この辺りは押部谷(おしべだに)町細田といい、元々は忍部(おしんべ)という鉄器を扱う一族が住んでいた事が由来との事なので物部氏とも合致する。向かいの住吉神社には楯と槍の神が祀られており、こちらとも合致する。是非一緒にご参拝していただきたいです。また隣接する神出(かんで)町には雄岡山、雌岡山がある。神出神社は大国主が主祭神だが、本来はウマシマジを祀っていたのではとロマン考察を勝手にしている。なんせ可美(神)真手(鉄器を作る技術の手)?根拠は無いがここまで読めない漢字は見た事が無い。ありがとうございました。