江戸城跡で歴史を感じる、同心番所。
同心番所の特徴
同心番所は大手三の門の警固をしていた歴史的な場所です。
かつての大名が籠を降りた下乗門の重要な役割を果たしていました。
姿を変えずに残る番所は、歴史愛好家にとって貴重な資料となっています。
同心は幕府の諸奉行・城代・所司代など夫々の配下に属し、与力の下にあって庶務や警備等の仕事をしていた下級役人の総称。大手三の門の内側に同心の待機する場所が同心番所で、ここを駕籠に乗ったまま通ることができたのは尾張・紀伊・水戸の徳川御三家だけで、それ以外の大名はここで降ろされて検問を受けた。そのためにこの門は下乗門とも呼ばれた。同心番所の鬼瓦には徳川家の三葉葵御紋が刻まれている。
同心番所は、江戸城の警備を担っていた「同心(下級役人)」が詰めていた番所です。大手門から本丸へ向かう途中に配置されており、警備チェックポイントの一つでした。•江戸幕府の治安維持を担う役人(現代でいう警察官に近い)•与力の配下として実務を担当•不審者の取り締まりや監視が主な役割。
大手門から皇居に入り皇居三の丸尚蔵館の前を行くと両側に現れる石垣が大手三之門跡です。この大手三之門跡の背後の右手には同心番所があり門の警護にあたっていました。この同心番所には徳川家の葵の紋と皇室の菊の紋が記されているそうです。この同心番所の背後の石垣は見事な切り込みはぎの石垣で見惚れてしまいました。
渡櫓門から少し進むと大手三の門跡の石垣が見えてきます。そのすぐ隣にある平屋の小さな建物が「同心番所」、下級役人が詰めていて警護に当たっていたと、軒先の瓦には葵の紋の他菊の御紋を拝したものもあるとガイドさんが教えてくれました♪それらは建物の横の方を見ると発見できます。
同心番所〒100-0001 東京都千代田区千代田1-1 江戸城跡外国の方の中には、立ち止まって案内板をじっくりと眺めていらっしゃる方が多くおられます。英語の案内の方に何が書いてあるのか気になりますが、同心の仕事の内容だったり、屋根瓦の紋の話も、三つ巴紋のことまで書かれており、日本語の案内よりも丁寧でわかりやすい気がします。「同心(どうしん)の仕事は、城への訪問者を検分すること、そして主君が本丸から戻るのを待つ大名の家臣団を見張ることでした。屋根瓦には3種類の紋が見られます。三つ葉葵(みつばあおい)は徳川家の家紋です。その他に、皇室の菊の御紋と、三つ巴(みつどもえ)紋があります。三つ巴紋は平安時代(794-1185)末期にまで遡り、水を表すことから火除けのお守りとしても用いられました。」以下に、次に訪問される方のために、案内板に記されている内容を文字起こししておきます。ここは、瓦の紋に注目してみる場所だったようです。同心番所Doshin Bansho Guardhouse「番所」とは警備詰所のことで、江戸城にあった番所のうち、百人番所、大番所、同心番所の3つが残っています。ここには主として「同心」と呼ばれる武士が詰め、登城者の監視に当たっていました。屋根瓦には、皇室の菊の御紋のあるものや徳川家の葵の紋があるものが見られます。This guardhouse is one of three that survives from the Tokugawa Shogunate (1603-1867). It was manned by low-ranking samurai known as doshin, or constables, hence its name. Their job was to check visitors to the castle, and to keep watch over the retinues of the feudal lords as they waited for their masters to return from inside the bonmaru complex. There are three different types of crests to be seen on the roof tiles. The triple hollyhock design is the family crest of the Tokugawa. In addition, there are Imperial chrysanthemum crests and the whorl of three commas of the mitsudomoe. The mitsudomoe crest dates back to the end of the Heian Period (794-1185), and was also used to ward off fires, since it represents water.大名の登城の様子。赤丸で囲まれた建物が同心番所。「徳川盛世録」より(国立国会図書館蔵)A daimyo feudal lord entering the castle. The building circled in red is the Doshin Bansho Guardhouse. Detail from Tokugawa Seiseiroku (National Diet Library, Japan)
大手門を超えて真っ直ぐ歩いていくと、右手に見えてきます。近くに石垣も見えているので、いよいよ城に入っていくぞという雰囲気が漂っています。〜説明文〜「番所」とは警備詰所のことで、江戸城にあった番所のうち、百人番所、大番所、同心番所の3つが残っています。ここは主として「同心」と呼ばれる武士が詰め、登城者の監視に当たっていました。屋根瓦には、皇室の菊の御紋のあるものや徳川家の葵の紋があるものが見られます。
大手三の門を警固していた番所。与力の下で警備を行っていた同心が検問を行っていた。御三家や例外を除き、ここで駕籠から降りなければいけないため下乗門と呼ばれた。かつては蛤濠と天神濠がつながっていたため、手前には堀をわたる橋があった。
同心番所は、大手三の門の内側にありました。大手三の門(本丸大手門)は、大手門から三の丸尚蔵館の前を過ぎた正面のところににあり、本来は枡形門で、両側は水堀でした。ここを駕籠に乗ったまま通ることができたのは、尾張・紀伊・水戸の徳川御三家だけで、それ以外の大名はここで降ろされ、検問を受けました。このことから、この門は下乗門とも呼ばれました。同心番所には、大手三の門を警固する与力・同心がつめていました。同心とは、江戸幕府の諸奉行・所司代・城代・大番頭などの配下に属し、与力の下にあって、庶務・警備の仕事をしていた下級役人を総称したものです。同心番所の屋根瓦の一番高いところには、徳川家の葵御紋の妻瓦があり、軒先は普通の三巴紋の瓦となっています。現在、江戸時代後期のものと思われる建物が修理復元されて残っています。
「千代田:同心番所」2024年5月に訪問しました。江戸城は重要な施設だっただけあって警備も凄く大規模です。この建物には「同心」と呼ばれる武士が務めていたそうです。同心(どうしん)は、江戸幕府の下級役人のひとつで、与力の下にあって庶務・見回などの警備に就いたそうです。身分は足軽階級の者が当てられたそうです。この番所を先に進み、どんどん本丸に近づくにつれて武士の階級が上がっていきます。
| 名前 |
同心番所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-5223-8071 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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平日の午前中に立ち寄りました。大手門をくぐってすぐのところにありますが、周囲の立派な門や石垣に比べると、驚くほど質素でこぢんまりとした建物です。ここは江戸時代、江戸城を守る「同心」という下級役人が交代で詰めていた番所だそうです。派手さはありませんが、よく見ると屋根瓦の一枚一枚に葵の紋が入っていて、こんな細部にも徳川幕府の威光が宿っているんだなと感心しました。ビル群がすぐそこに見えるのに、ここだけ時間が止まったような静かな空間で、江戸城のリアルな裏方仕事の雰囲気が伝わってきます。派手な観光地ではないけれど、歴史好きなら足を止めてじっくり見る価値ありです。