古代の神々が宿る御影神社。
御蔭神社の特徴
叡山電鉄八瀬駅から徒歩10分、小道を進むとたどり着く神社です。
賀茂神社の由緒ある境外末社として、歴史的な雰囲気が漂います。
古代の祭祀が行われていた聖なる場所で、静けさが心を癒やします。
御蔭神社(みかげじんじゃ)。京都市左京区上高野東山。式内社(小)出雲高野神社(-タカノノ)論社及び、式内社(小)小野神社(ヲノ)二座論社、賀茂御祖神社境外摂社。【祭神】賀茂建角身命荒魂 玉依姫命荒魂【関係氏族】賀茂氏資料によると、高野川沿いに西へ続く山道の途中に赤い鳥居がある。鎮座地の御蔭山を御生山(みあれ)とも云う。下鴨社の祭神は賀茂建角身命、その女である多多須玉依姫が別雷神(上賀茂社の祭神)を産んだところと云われる。別雷神の御生の地でということ。御生山の名であったが、太陽のただ射す所として御蔭山とも呼ばれ、それが社名となった。賀茂御祖神社の御祭神である「賀茂建角身命」および「玉依姫命」の荒魂を祀っています。天武天皇六年(677)山背国司が造営したと伝えられる賀茂神宮は当社のこととする説がある。この地は古代から山背北部の豪族の祭祀の中心地だったようで、周辺には数々の遺跡がある。毎年、賀茂祭(葵祭)に先だって、5月12日には、御蔭祭(御生神事)が当神社で行われる。ただし、賀茂御祖神社は賀茂別雷神社の後に創建されたとする説があり、当地が神域としてどれほど時代が遡るかは不明と言わざるを得ません。或いは、賀茂御祖神社の創建前から鎮座していたとも考えられる三井神社に係る地だったのかもしれません。出雲高野神社の表示無し。往古の小野神社は現在の御蔭神社であるとする『京都府式内考証』古くは現在の本殿北東の麓に鎮座していたが、元禄6年(1693)御本宮式年遷宮の際に現在地に造替された。とあります。
コチラは「御影神社」。第一の鳥居を抜けると、また木々に囲まれた道が続きます。京の都の鬼門(北東)に位置する御蔭神社は、京都(山城国)を護る神社で、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)の奥宮になります。御蔭神社は微塵の神社で、普段参拝者も訪れませんが、紀元前に、賀茂茂角身命(かもたけつぬのみこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと)が降臨した聖地であり日本最古の神事「御影祭」が行われる祭祀場でもあります。叡山電鉄「八瀬比叡山口駅」から徒歩20分下鴨神社の境外摂社【御蔭神社】
神様が降りてきた地とされています。神様は鴨社の御祭神です。
2023年11月12日に参拝しました。瑠璃光院を訪れた際に立ち寄りました。ぐるっと回って山道を少し登る感じで、山の中にひっそりとたたずんでいます。
2023/2/17参拝雪が積もった日でしたが、社殿が見えた時にめちゃくちゃ好きだなぁとなりました参道の階段から見える社殿が素晴らしい構図ですねまた、そこまでの道中が大変心地好い木々の参道になっています。
下鴨神社の境外末社。歴史的にも加茂社と密接な繋がりがある。葵祭の祭礼の一部も行われる。
下鴨神社の摂社となっている神社。本殿は江戸時代末の建築でとても古い建物と書かれていました。5月に行なわれる祭礼は賀茂御蔭祭と呼ばれ下鴨神社からこの神社に詣り神霊をに迎えに来られ下鴨神社に移す歴史ある祭事であるらしい。
叡山ケーブル八潮駅から徒歩約10分。比叡山延暦寺参拝の帰りに立ち寄りました。参道では数人とすれ違う程度。社務所すらない静かな境内は厳かな雰囲気。目にも鮮やかな朱色の玉垣で囲われた社は、周囲の森と不思議と調和しており美しかったです。
静かな場所で玉依姫さまの住んでいた雰囲気も残されていました。
| 名前 |
御蔭神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
075-781-0010 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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比叡山口の高野川沿いに森の中を歩いて参拝しました。静かなでパワーを感じる神社でした。