幻の都・紫香楽宮跡、歴史を感じる散策を。
紫香楽宮跡 内裏野地区の特徴
紫香楽宮跡には甲賀宮国分寺の礎石遺構が残っています。
整備された林の中で、歴史散策を楽しむことができます。
参道前には数台分の駐車スペースがありアクセスが便利です。
甲賀寺跡に駐車場があります紫香楽宮一説によると740年に九州で起こった藤原広嗣の乱がきっかけに聖武天皇は恭仁京に移り、その後742年に東北道を開通させると共にこの場所、紫香楽村に離宮を造営し幾度も行幸します聖武天皇は父は天武天皇の孫、母は藤原不比等の娘 この地は藤原氏の勢力範囲で、安心できる地域だったのかもしれないし古の霊場、飯道山の影響もあったような気がしますこの地で大仏の前身、盧舎那仏が建立されましたですが、火災や地震が相次ぎ、745年5月には再び都は平城京に遷され紫香楽宮は「幻の都」とも呼ばれるほど短命(わずか4か月程度)で平城京に遷都、東大寺の大仏建立事業へと繋がります。
遥か昔に宮があったというのが礎石から想像できます。開けた場所でないのになぜ造営されたのかを考えながら散策するのも良いかと。
幻の都、紫香楽宮跡に建てられた甲賀宮国分寺の礎石遺構。
GWの信楽からの帰りに寄りました(ここだけが目的なら1時間後の汽車に余裕で乗れます)。人気がほとんどなく、木漏れ日もそよ風も気持ちいい散歩に適した史跡です。礎石がずらーっと並んでいるのは壮観ですね。
折角の歴史施設ですが、ホントに跡て感じです。もう少しお金をかければ良い施設になると思います。
遥か昔のモノガタリ。天平文化の雅やかな雰囲気醸し出す。今は、ただひっそりと、木々に埋もれた、廃都。礎石だけが遺り、昔語り、東大寺の前に、建てられた、寺院跡。余りにも短命に終わった、この土地柄だからこそ今に遺る時代の狭間の天平の遺跡。
参道前に数台の駐車スペースが有ります。紫香楽宮といって、奈良時代の天平14年(742)に聖武天皇が離宮として造営とある。何でこんな所に宮殿を作ったのか ?ところが昭和に入る前、近くの宮町遺跡から多くの建物跡が検出され、ここは甲賀寺の跡、又は甲賀国分寺跡という説が有力になったそうです。(現地説明看板から)まぁそんな話は吉村作治先生や発掘調査員に任せて、建物跡の礎石が残っているので見て行こう🎵成る程、厳かに参道を進むと中門、石階段を上ると金堂が有り、ここで手を合わす。奥へ進むと塔堂、講堂、経楼等跡が見える。説明のプレート立派で親切です。ふふっ、金堂以外は石が残っているだけで何も無いからね、想像力豊かな人にお薦めです✨
礎石がしっかり残ってます。近くの資料館で往時のCGが楽しめます!
ポールウオーキングで初めて訪ねる事ができ、紅葉も綺麗で感激でした。
| 名前 |
紫香楽宮跡 内裏野地区 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
なんとも不思議な場所。地理的な重要性は分からないが、広さ的には、なんとも狭い。駄菓子菓子、趣きのある場所で、時々訪れます。