音羽の心落ち着く佐々神社。
佐々神社の特徴
佐々神社ではササノ神の神統が諸説あり多彩な歴史があります。
音羽地区のメイン神社として地域の信仰が集まる場所です。
大きな駐車場が完備されているのでアクセスも良好です。
佐々神社(ささじんじゃ)。三重県伊賀市音羽。式内社(小)、旧村社。主祭神:八重事代主命合祀:須佐之男命 倉稻魂命 大己貴命 金山彦命 大山祇命資料によると、創祀年代は不明。持統天皇3年(689)8月封田29束を奉るとある。往古は、北西5Km、滋賀県との県境にある笹ヶ岳(別名 篠岳・739m)に鎮座していたといい、火災により文禄年中に現社地へ遷座したという。社名の「佐々」は笹ヶ岳によるもの。祭神は、現在、八重事代主命だが、『神名帳考證』や『神祇志料』では、佐々貴君の祖神(大彦命)を祀るとあり、社名の「佐々」を祭祀していた氏族の姓によると考えているようだ。ササノ神の神統は判明していない。一般にササノ神は八重事代主神(ヤエコトシロヌシ)に比定されるが、元の鎮座地が笹ケ嶽(ささがたけ、標高738m)の神籬(ひもろぎ)であるためこの山の山霊を招魂したものだとも伝わる。早瀬保太郎の説では滋賀県甲賀郡大原村神山(こやま)の神山神社で祀られている神と同一であるとする。この神(≒ササノ神)は河合郷の神社から勧請されたものと『甲賀郡史』は記しており、須佐之男命(スサノオ)に比定しているが、『伊水温故』では八重事代主神に比定しており、混乱は避けられない。『伊水温故』は本来の神山神社の鎮座地を「元は近江の堺佐々か嶽に宮構有り、しかしながら野火に焼けたり、当村の住士松尾氏文禄中今の地に遷す」と記している。松尾氏は松尾兵庫頭であると考えられ、この人物は河合郷三蓋山に砦を築いたと伝わっている。松尾氏は「松尾殿」と呼ばれた甲賀郡松尾の土豪で、伊賀国阿拝郡荒木郷松尾に分住した氏族である。このように佐々神社の祭神ササノ神の神統は判明しておらず諸説が入り乱れている。とあります。
拝殿前には広い空間がある。
伊賀の國、音羽地域の信仰が厚い神社の様です。創祀は不明ですが古くは母乳の出にくい女性からの信仰があったとのこと。少し人里離れた場所で、とても静かです。鳥居から境内までの参道は木々に囲われて山の空気の香りが落ち着くと共に神秘さも感じます。階段を登り境内から拝殿を見上げると杉の木と山が背後に構える構造で、八咫烏神社の様な雰囲気が感じられます。本殿と拝殿の間に巨木の根っこが残っていて、昔はその巨木の迫力が信仰を支えていたのかもしれません。
佐々神社のササノ神の神統は判明しておらず諸説が入り乱れているようです。諸説によるとササノ神は八重事代主神と比定されたり須佐之男命と比定されたりしてますね。主祭神は八重事代主神で式内小社。佐々神社は嘉祥3年(850年)に伊賀国内の神社では敢国神社と並んで最も早くに従五位下の神階を授位された霊格で、その後の貞観15年(873年)には従五位上となった。この授位の時、今まで同格だった敢国津神が正五位下(名神大社となる)。寛平3年(891年)には正五位上(伊賀国の一宮となる)に昇格されているが、ササノ神は昇格しなかった。社頭からは何か厳かな空気感がうかがえました。参道を進み階段を上がると開けた空間があり、拝殿が目前に現れます。宮司さんもおらず、何処かの神社との兼務社となっているのでしょう。しかしながら掃除や手入れもきちんとされていますよ。謎多き神社へ一度参拝されてみては如何でしょうか。
音羽地区のメイン神社。
駐車場あり…
| 名前 |
佐々神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-mie/jsearch3mie.php?jinjya=2895 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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簡素でひっそりとした社でしたが 御神体が背景の山のように思えて心落ち着く境内でした。