春の桜と水口城、歴史を感じる名所へ!
水口城跡の特徴
歴史ある水口城跡は、学校や住宅街に囲まれた素敵な散歩道です。
春の桜が美しく、水口城と絶景のコラボレーションが楽しめます。
家光の宿所として築城された、見ごたえある小藩の歴史を感じる場所です。
花筏が綺麗との友人情報で訪問。桜は散りはじめで堀に花筏の絵図が広がっていた。中には入れなかったが、入れる時もあるのかな?入れたら、歴史も学べたかもなので、評価は半分。昔の城跡って雰囲気は、堀と石の城壁から感じたけど、大きな城のイメージは感じなかった。お堀側で絵を描かれていた人もいたので、そう言う風景画の場所にもなるようだ。
出丸には資料館(200¥)散策すると🚶ぐるり水堀♬石垣♪櫓台♫などが見れた本丸はグラウンドになっていて すれ違う学生さんが必ず挨拶してくる爽やかな地域でした🤗
御成橋は2025年6月にヒノキやスギを使って再建されました。雪の水口城も素敵で御成橋や復興された乾矢倉、堀、櫓台石垣などをぐるりと巡りました。
水口城の跡になります。水堀や石垣が思ったよりしっかりとしており、説明板を見る限り現在資料館があるあたりは出丸のような位置付けでしょうか。ちょっと時間の都合で見れませんでしたが良さげな感じでした。御殿部分は学校として使われていました。
御成橋の改修工事が完了したようなので、バイクツーリングを兼ねて立ち寄りました。甲賀市(こうかし)水口町にあるお城ですね。還暦を迎えた元滋賀作のオッサンですが、未だにコウガシだと思っていましたw過去に幾度となく訪れていますが、今回は二重櫓を利用した資料館に展示されているジオラマを撮影(事前にOKの問合せ済み)する為に立ち寄りました。資料館内は撮影OKのモノとNGのモノがあるのでご注意下さい。さて水口城は幕府領の頃に、将軍徳川家光の宿所として小堀遠州が作事奉行を務め築かれたお城らしいですね。現在ご立派な御殿が存在した本丸は、道路を挟んだ対面にある水口高校のグランドとして利用され、公開されている資料館は出丸の部分になります。尚、資料館は季節により定休日が変更されるのでご注意下さい(10月は毎週月・火曜日、当該日の祝日は営業)。駐車場はお隣にあるコミュニティーセンターか、近江鉄道の水口城南駅駐車場を利用して下さい。
滋賀県甲賀市にある水口城です徳川三代将軍家光の上洛時の宿館として築かれたそうで、その後水口藩の居城とされていたそうです。現在も石垣や堀が残り、城跡は滋賀県の史跡に指定されています。石垣は綺麗な打ち込みはぎでしょうか…見ていても飽きません、特に側面から見た反り具合がたまりません…。
水口城跡ではあるが、出丸に一つだけ復元されている櫓です。本丸などは今はなく、というかかなり前から無いようで、今は運動場になっています。水口城自体が徳川将軍が京に向かう道中の宿泊用の城として建てられたため、何の変哲もない正方形の縄張りと、不自然なくらい町中の立地の城です。お泊り用の城でこの規模。徳川将軍家の力の大きさを垣間見ることができると思います。
桜を見に行きました。城跡とお堀と桜はとても綺麗でした。人も少なくて桜をじっくり堪能しました。お堀には濁った水の中、鯉も泳いでましたが、ものすごい数の亀🐢が生息。大量の亀が甲羅干ししてて、集合体恐怖症の方には恐怖ものだと思います。城跡の正門は工事中で閉鎖されていました。資料館の入口はわかりにくかったです。
水口城は江戸時代は水口藩の藩庁が置かれていた。元々、水口には五奉行の長束正家の居城水口岡山城があったのだが、長束正家が関ケ原の戦いで西軍に着いたため廃城となった。水口は幕府直轄地となったが、徳川家光の上洛の際に宿所とするため水口城は築かれた。築城にあたり、水口岡山城の資材が使用されたという。以降、江戸時代の大半で城主は加藤氏が務めた(2〜2.5万石)が明治維新で廃城となった。現在、水口城の本丸は水口高校のグラウンドとなり城の面影は皆無である。かつての出丸部分に土塀、城門、二層櫓が復元され多少城らしさを感じさせている。現存遺構は堀と部分的に石垣が残っている。石垣は出丸部分及び乾櫓のみ残されているが大部分は撤去されている。模擬復元された二層櫓は現在資料館となっている(有料100円)水口城はわざわざ見にくるほどの城だとは思わないが、水口岡山城など甲賀地域には他に興味深い城跡がいくつかあるので、それらと組み合わせて見学に来ると良いと思う。
| 名前 |
水口城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0748-63-5577 |
| 営業時間 |
[木金土日水] 10:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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水口城 (滋賀県 甲賀市)旧東海道からは200mほど南に位置します。石垣と堀が立派で、存在感があります(滋賀県史跡)。1991年(平成3年) に 出丸跡を整備修復し、民家に移築されていた本丸乾櫓を再移築、水口城資料館として開館。出丸付近の堀割が全体像として見えてしまうので、小ぶりな印象だが、実は その背後に10倍以上のスペースの水堀で本丸を囲っており、東西200m 南北200m くらいの、なかなかの規模の城跡です。ただし、出丸付近以外は、水口高校の野球場やテニスコートになっています。水口城には 約18年ぶりに訪問しました。当時 何か覚えなくてはと、初代城主加藤明友(加藤嘉明の孫)については記憶しました。二階からは東の正面に 水口岡山城跡が見えます。この事は忘れていました。周囲は桜が満開です。スタッフの女性は、近く催される水口祭の担い手が不足している事を 盛んに心配していました。旧東海道を日本橋から歩き始めて30日目。(2026年4月)