六角氏の居城、壮大な石垣を探索。
観音寺城跡の特徴
佐々木六角氏の居城として名高い観音寺城跡は、歴史的な価値が高いです。
日本100名城にも選ばれている、石垣の美しさが際立つ山城です。
整備が不十分ながらも、歴史を感じる石積みが至る所に残っています。
車で観音正寺の駐車場(主なところだけで良ければ表側、全部見尽くすなら裏側がお勧め)まで来てから歩くのが楽です。有料道路代600円とお寺の参拝代で500円かかりますが、環境維持管理の為と思って割り切りましょう。麓から歩けば無料ですがお弁当持って登山遠足レベルです。お寺は聖徳太子が建立されたとかで観といて損はない。表側から来たらお寺の受付で城趾への行き方を教わりましょう。本丸跡から大石垣ぐらいまでが見所です。石垣と土塁のみで建物類は無い。女郎岩・大石垣の上からの眺めが綺麗です。
観音寺へは、観音寺への有料道路を使い参拝料は払って大きな杉の横から行くのがいいです。大石垣の手前に蜂の巣があるようです。注意して⚠️ください。
2025年6月12日 観音正寺から分かりやすく案内板がありました。郭が並べられているだけで防御性が乏しいとのことでしたがそれなりに面白い縄張りでした。雨の後だったので 、少し大石垣までは大変でした。
2025/6/4ずっと来たかった城跡。やっとこれた。こんなに高く鋭い山の尾根によくもこれだけの曲輪や石垣を造ったもんだ。石垣は安土城よりも高く、精巧にできているように見えた。こんな高い山に戦国時代にこれほどのものを造る必要あるんかな。で、思ったのは、これは後世に巨大なお寺があったのではないか?それならそういう伝承があるはずか。この山に入るにはお金が必要。まず山道を車で登るのに500円、観音正寺に入山するのに700円。山道を車で登り料金所でお金を払ってしばらく進むと左手に登城口が見え、そこから50メートルほど先に車も停められる。この登城口から大石垣、池田丸、平井丸、本丸の順番に登ることをお勧めする。私は観音正寺まで登り、お寺の奥の稲荷神社あたりからいったん山を下りて先ほどの登城口まで行って、再度山を登ったのでかなりきつかった。
令和7年3月14日初登城。JR安土駅の西口側にレンタルサイクル屋さんがあるのでそちらで自転車を借り桑実寺から登城しました。近江佐々木六角氏の居城としてありましたが1568年の観音寺城の戦いにおいて観音寺城の支城の和田山城、箕作城の落城の報告を聞き六角義賢、義治親子は甲賀に逃走し観音寺城は無血開城しました。織田信長が安土城をモデルとした城として石垣が素晴らしいです。登城は高取城と並ぶくらいキツかったですが久しぶりに登城した爽快感がありました。大石垣も良かったのですがとりわけ伝平井丸の石垣が素晴らしいです。
六角氏の居城跡で、誰もが知る織田信長の居城、安土城はこの観音寺城がモデルとなったと言われています。本丸は地味ですが、西側の平井丸や池田丸は立派な総石垣の作りとなっており巨石が目立ちます。その下にはインパクトがある名物の大石垣が絶景にそびえ立ち、ある意味この城跡の一番の見どころかもしれません。一方の東側には駐車場を過ぎた辺りから崖上を見ると高石垣があり、本丸へ向かって多くの郭が展開されチラホラと石垣が点在しています。2時間程の登城時間でしたが正直1日がかりで散策しても飽きない城跡でしょう。繖山(きぬがさやま)へのピークハントも兼ねて登城しましたが、ピークまでにいくつかの郭がありそちらも石垣が目立ちます。駐車場は裏参道山上駐車場を利用しましたが、林道通行料が600円。狭い舗装林道なのですれ違いに注意して下さい。観音寺にて入山料500円。本堂にて支払います。観音寺裏の巨石が素晴らしいです♪好天に恵まれ最高の登城日和でした。大変素晴らしい城跡でした、遺構の保存、発掘調査に尽力願います。
桑実寺ルートで来ました。上りが観音寺城、大石垣、観音正寺まで行って100分、下山は40分ほどでした。道中不安定な石段だらけなので、寺の入口の杖は必須です。それでも膝にかなりきましたが…麓の景色が楽しめるのは大石垣まで来てやっとです。それまでは森の中なので、雨のあとなどのぬかるみには注意が必要です。往復で一人しかすれ違いませんでした。
城址まで来てからが面倒な城ではあるものの、面倒さに見合った見ごたえです。観音寺城は西国三十三所観音霊場のうち三十二番札所の観音正寺が鎮座する繖山に築かれた山城です。源頼朝の覇業を支えた佐々木氏の流れのうち、京の六角堂頂法寺の近くに屋敷をかまえ、南近江を本拠とした六角氏の居城です。決して難攻不落の城ではなく、大軍に攻められるたびに六角氏は城から逃げ出しているのですが、敵が退けばまた観音寺城に復帰しています。当時としては非常に珍しい総石垣の城で、現存する遺構は多くはないものの、往時の威容は容易に想像できます。とりわけ追手道の奥にある大石垣は一番の見ものです。織田信長に攻められて大名家としての六角氏は敗亡したものの、交通の要衝を抑え、経済の自由化(楽市)によって経済振興をはかる領国経営は先進的で、その一面においては信長の先駆者であったとも言えます。城址の見学にはなかなか難儀します。安土城にほど近い桑實寺(本堂が国重文)、もしくは観音正寺からアクセスするのが一般的かつ手軽なものの、他に六角氏の御館跡の天満宮から追手道をたどるルートもあります。城そのものは入場無料なものの、桑實寺、観音正寺の境内地を経由するため拝観料がかかります。境内地と行っても大方は山道で、道ををたどる限り危ないところはないのですが、とりわけ大石垣周辺は道がかなり分かりにくくなっています。「観音寺城」と大書された幟のある平場の下が大石垣なのですが、そこから私が気がついた限りで四本の道が出ていて、二つは大石垣を見晴らすビューポイントに至る行き止まりの道、一つはかつての追手道をたどりつつ観音正寺表参道駐車場に至る有料道路に出る道(普通に歩けます)、もう一つが観音正寺の脇を抜けて本丸に至る道です。通って良いところは階段が整えられていたりテープが結びつけられていたりで人の手が入っていますが、山歩きに慣れていない方であれば迷ってもおかしくない整備状況です。この辺りは今後の改善に期待したいところです。
100名城No.52⚫︎歴史 1335年に六角氏頼が築いたと言われています。標高432mの南北に伸びる繖山の山上に位置し、繖山は近江一円が見渡せ、また聖徳太子ともゆかりのある観音正寺もある神格的な山に拠点を設けることで六角氏の権威づけに利用されたとも考えられています。1568年の織田信長が足利義昭を奉じて上洛する際に六角義賢父子が攻撃をうけ無血開城し、数年後に廃城になったと言われています。⚫︎感想 石垣のテーマパークと言っても過言でないくらい、大規模な総石垣の山城に圧倒されます。六角氏が信長にあっさり敗れたため、弱小大名のイメージをもたれがちですが、室町幕府の有力大名名家六角佐々木氏として圧倒的な支配力、経済的があったことが実感できます。一方で堀や土塁などの防御施設は見当たらず、軍事拠点というよりも政治、生活拠点としての意味あいがつよいと言われており、実際にこれだけの規模にも関わらず何度も落城しています。11月下旬の平日に車で訪問しました。観音正寺手前の駐車場に行くまでの林道の通行料が600円かかります。駐車場からは約10分程度の階段登りを経て観音正寺(入山料500円)に到着し、散策を開始します。本丸→平井丸→落合屋敷→池田丸→大石垣→木村曲輪→無銘曲輪→三の丸→後藤・進藤屋敷跡と約2.5時間満喫しました。各曲輪がこれまでの山城の概念を覆すような巨大なスペースが確保されていたり、大石垣の迫力やそこからの眺望、整備途上の後藤屋敷など本当に驚きの連続で飽きることなく探索できます。政治拠点としての見せる城としての大規模な城で、目の前に安土城を築いたことからも信長がかなり意識、参考にしたことが伺い知れます。しっかりと楽しみたい方は「本谷プロジェクト」のホームページを見て事前学習してから見学されることがおすすめです。
| 名前 |
観音寺城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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26年1月3日本日は安土城跡と、六角義賢(ろっかくよしかた)の居城であった、観音寺城跡の山歩です🏯⛰️安土駅〜安土城跡〜桑のみ寺(※拝観料300円)〜観音寺城跡〜安土林道〜石寺集落〜安土駅👟💨(※桑のみ寺ルートは、観音寺城の一部が寺社有地であり拝観料が必要です)連なる安土城の安土山(199m)に対し、さらに高い繖山/きぬがさやま(432m)に広がる広大な城郭❗️安土城が威厳と偉容を見せる城とすれば、こちら観音寺城は要害堅固な巨大要塞といった感です。こんな山の上にこれだけの石垣を詰めるのが凄い!攻めるのマジで大変です(笑)今回は降雪もあり、雰囲気も抜群♪踏み跡も無く静かな山域で新雪を鳴らしつつ、城郭を堪能しました^_^ありがとうございました♪