江姫ゆかりの上野城、歴史の展望台。
伊勢上野城跡の特徴
江姫ゆかりの城跡で歴史を感じられる公園です。
大きな展望台からの見晴らしが圧巻で感動します。
土塁や空堀を見ながら歴史散策を楽しめる場所です。
伊勢上野跡 [津市河芸町上野]伊賀だけではなく、伊勢にもあった上野城。津市美里町を本拠としていた長野氏支配の城であったが、織田信長の伊勢侵攻によって、長野氏の養子となった弟の信包により大きく改修された。標高30mほどの最高所にある本丸には、その周囲は今も土塁が残っていて、中世の城の雰囲気を感じさせる。その後、関ヶ原合戦後に成立した伊勢上野藩【2万石】分部氏の本拠となったが、元和5年【1619】の近江国大溝【滋賀県高島市】への転封により廃城となった。現在は本城山青少年公園となっている。駐車場は未舗装ですが、たくさん駐車できます。
伊勢上野城跡(いせうえのしろあと)城跡というから石垣や城跡の何らかが残ってると思ってたら何処かの会社の別荘みたいな建物がありました。でも、この建物の展望台は無料で誰でも登れて海が見えてスキっとした気持ちになります。
のどかな所で人もそんなにいません。展望台の眺めはとてもよかったです♪ 近くの上野神社も静かで気持ちが整います。
織田信長の弟・信包が1570年に津城の仮の城として築いた。信包が津城に移ると、分部氏が城主になる。1619年、分部光信が近江国大溝へ移封となり廃城。今は本城山青少年公園になっている。天守台には展望台が建ち、竹藪の中にも遺構がある。
真田戦記伊勢上野城址三重県津市河芸町上野2640伊勢上野城は1570年、織田信包が津城の仮城として分部光嘉に築城させました。天正8年(1580年)、津城の完成により、信包が居城を移したため、分部光嘉が城代となり、文禄3年(1594年)に信包が近江へ転封になると、光嘉が城主に任ぜられて独立した城となります。元和5年(1619年)、光嘉の養嗣子光信は近江国大溝藩へ移封となったため、廃城となりました。本丸跡には天守閣風ではありませんが、展望台が設けられており伊勢湾が一望できます。なお、この城は浅井氏滅亡以降、お市の方と浅井三姉妹が信包に保護されていたと言われてました。(諸説あり)
江姫ゆかりの城跡です。遺構はわずかに土塁が残っていますが竹藪で見ずらいです。また展望台がありますが樹木で眺めは今一つでした。無料駐車場があります。
展望台と土俵があり、いいところでした。
歴史を感じられる公園ですよ。
あいにくの雨☔織田信包の居城だったところで、運動公園になっている一角の天守台跡に展望台が建っています。雨でなければ見晴らしが良かったのか?!既に遺構はよく分からず、運動公園だけに駐車場はたくさんあります。
| 名前 |
伊勢上野城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
江姫さんゆかりの城跡みたいです♪土俵みたいなの展望台、展示室など色々詰まった公園になっておりました。駐車場も広々で停めやすかったです(*´ω`*)