伊勢街道と奈良街道の分岐点。
月本追分の特徴
伊勢参宮街道と奈良街道の分岐点に位置しています。
風情ある屋号角屋で歴史を感じることができます。
月本にある街道の追分の独特な雰囲気を楽しめます。
伊勢街道と奈良街道の別れ道である月本追分。伊勢街道を歩く中で何か所か追分があるが、ここは鳥居や石碑が建っており追分らしい雰囲気を感じる。
大きな石灯籠と大きな石碑。この場所は伊勢街道と奈良街道が合流する場所です。追分という言葉自体が「合流地点」を指す昔の言葉ですね。石碑には四面に「月本おいわけ、右いがご江なら道、右さんぐう道」と刻まれています。裏面の一つは、「左やまと七在所順道でしょうか。やまと七在所は今でははっきりしませんが、昔の人にはこれで通じたのでしょう。多分、江戸時代の今で言う「るるぶの伊勢神宮と一緒に回ろう」的な観光コースか何か。月本追分から奈良街道の方向を見ると長旅を実感できます。奈良の手前、京都最南端の木津川市からだと、ここまで約80㎞はありました。
ブラタモリツアー四日目いよいよ松阪入りこの追分からは奈良方面へ分岐です古代、奈良が都であったころ賑わいました。都が京都に移ってからは鈴鹿峠を抜け関宿から津の江戸橋へ至るルート(伊勢別街道)へが都からのルートとなりました。
月本追分(つきもとおいわけ)伊勢街道と奈良街道の分岐点です。
ここが伊勢街道と奈良街道の分岐点です。つまり奈良が都だった時代の東海道と伊勢街道の分岐点。
屋号角屋とありました。
ただの石(原文)Just a stone
風情があります。
東海道の日永の追分から伊勢神宮に繋がる伊勢参宮街道と奈良から来る奈良街道が交わる追分。江戸時代は「お伊勢参り」が大ブームとなり、伊勢神宮は一生に一度は行ってみたいと憧れたそうです。多い時には500万人の人が訪れたそうで、当時は東海道に次ぐ交通量があり、この月本追分には数件の旅籠があり賑やかだったようです。また参勤交代もこの街道を利用されたそうなので、月本には本陣もあったそうです。常夜灯は、寄付によって天保13年に建てられ、その後明治3年に再建されたものです。現在この地で宿を営むお店はありませんが、この大きな常夜灯が江戸時代の賑わいを思い起こさせてくれます。
| 名前 |
月本追分 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0598-56-7916 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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伊勢街道サイクリングで目印になりました。