スポンサードリンク
画像は著作権で保護されている場合があります。
画像は著作権で保護されている場合があります。
| 名前 |
真観寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
2.0 |
| 住所 |
|
松枯れの倒木が多く危険。(旧松本市史 下巻)金剛頂院末 智慧山真観寺 浅間創始未詳、往古は林城の麓なる大嵩崎にあり、真観寺址の字尚存す。明応2年高野山金剛頂院真定法印を中興の祖とす。天文末年小笠原氏滅亡と同時に一旦廃絶す。其後慶長年代に兎川寺印空法印の時、僧某ナニガシなる者印空より寺領の分地を受け浅間に移って再興す。兎川寺に石川家老渡邊金内の古文書あり。思うに城主石川氏の帰依に因りたるものならん。後年城主戸田氏に至り深く之に帰依し、城主の夫人および家臣の墓石多く此寺の塋域に在り、多湖柏山松江亦其中にあり、明治5年廃絶す。