坂城町一望!
葛尾城跡の特徴
武田信玄を破った村上義清の居城跡で迫力満点の史跡です。
登山道が整備され、ハイキングを楽しみながら絶景が広がります。
階段橋かかる連続堀切や説明板もあり、情報が豊富で学びがいあり。
甲斐の虎 武田信玄に二度の敗北を喫しさせた男【村上義清】の居城。関ヶ原後の一国一城令の頃に廃城となり遺構が当時のまま残っていると見られているそうです。尾根沿いに見られる石積や多くの堀切、大堀切、土塁や曲輪がよく残っています。ただ、この城趾へのアクセスが問題です。Googleマップで検索しそのまま来ると北側にある【葛尾城駐車場】に案内されます。このルートがとんでもない山道で、舗装はされておらず、すれ違いも出来ない落石多数のガタガタ道が延々と続きます(3〜4キロ)。切り返しも出来ないので、対向車が来たらアウト!バックのまま戻るか、相手をバックさせるか…目的の城趾駐車場までたどり着けば折り返せますが、ずっと不安でドキドキのままでした。平日で良かった。この城趾へ行くなら南側にある【坂城神社】近くにある【葛尾城登山者用駐車場】からアクセスしましょう。北側からのルートだと石積や本曲輪まであっという間です。絶対にお勧めしませんが。
葛尾城は標高805mの葛尾山山頂部に築かれている。麓からの比高は387mとかなりの比高差を持つ山城である。また、周囲には姫城、岩崎城の支城があり、セットでまわることも可能である。今回は時間の都合で葛尾城のみの訪問となった。葛尾城へは麓の坂城神社付近の登城口から登った。登り口は他にもあるようである。比高差がかなりあるが、登山道は整備されているため登りやすい。傾斜もそれほどきつくはない。スムーズにいけば30〜40分程度で主郭に到達できるだろう。葛尾城は典型的な連郭式の山城で主郭を中心に南北に郭が連なる。山頂尾根はそれほど広さがないためひとつひとつの郭は小さい。連なる郭の間には堀切何本もが切られている。一番北側の郭には石積櫓が残っている。北側の入口を監視する櫓が建っていたのだろう。また、主郭からは眺望が効いており坂城の街や荒砥城を見渡すことができる。葛尾城は国人領主村上氏の本城であった。南北朝時代末期に築かれたと伝わる。戦国期の村上義清の時代には北信一帯に勢力を伸ばしたが、信濃に侵攻してきた武田信玄と争うこととなった。村上義清は二度信玄を撃退するなど抵抗するが、敗れ越後の上杉謙信を頼って落ち延びた。その後、葛尾城は廃城となった。葛尾城は登りごたえのある良い山城である。熊の出没の危険性はあるが、軽登山にもってこいの城である。支城も含めると半日がかりになるかもしれないが、眺望も良く、達成感を得られる城であった。
戦国武将村上家の居城です。時々岩場の覗く斜面を登っていきます。急斜面が多いので、脚力に自信がある方向けです。頂上にはあづまやがありましたが、手入れ不足なのか木々が生い茂り、見晴らしは南東側しか開けていませんでした。あー疲れたーと座ろうとしたベンチには💩がありました。松茸の留山のようで、秋は面倒事を避け登らないほうがいいかもです。看板からなんとなく持ち主の人柄がわかりました。感動よりも体力・気苦労のほうが勝ってしまいました。もう行かなくていいかな。
GWに坂城神社から向かいました。山道は整備されていて非常に登り易く、山頂からの眼下の景色も素晴らしかった。初心者におすすめです。
さすがに武田信玄の武田軍を2回破った城跡なので、登るのがキツイですが頂上は整備されているので景色はいい景色です!!
荒砥城からこちらに向かい、坂城神社の裏側から登っていきました。標高805mのところにある本丸跡からの眺めは最高でした。ここは、村上義清が居城にしていたとのことです。
標高805m、比高が400m近くあってイッキ登りは倒れそう..(((^_^;)ハイキングコースなので道は整備されてるし小雨でも眺めバツグン♪\(^o^)/車でも登れるけど途中の姫城、岩崎城を見るなら下からゼイゼイしながら山登り♪遺構は階段架かってる連続堀切がミゴト♪堀切、切岸の説明板もあって親切(^-^ゞ9月は本曲輪がとっても涼しげ(о´∀`о)♪
葛尾城駐車場からなら、きちんと整備されてりるので子供でも楽に10分で行ける。天文年間、小県郡の村上義清は甲斐国の武田晴信(信玄)が開始した信濃侵攻に対抗し、上田原の戦いと砥石崩れと2度もの南面からの武田軍の攻撃を破った。しかし、天文22年(1553年)葛尾城は村上氏の背部を支える北に位置する支族の屋代氏や雨宮氏、塩崎氏らが武田方の真田幸隆らの調略により離反し、背後の戸倉方面からの攻撃を受けることによって自落した。義清は、それまで仇敵の間柄であった高梨氏の仲介を得て越後国の長尾景虎(上杉謙信)を頼って落ち延びた。これが12年にわたり5度に及ぶ川中島の戦いのきっかけになった。この年は葛尾城の裾を洗う千曲川に大洪水(江戸時代には64回の洪水が記録され4〜5年に1回の割合で被災していた勘定)があったと伝えられるが戦況にどのような影響があったかは不明である。村上義清は信濃四大将のひとり。信濃四大将とは・・・信濃守護小笠原長時 、村上義清、諏訪頼重、木曾義康。
| 名前 |
葛尾城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0268-82-1109 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
http://www.town.sakaki.nagano.jp/www/contents/1001000000638/index.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
坂城町を一望出来る山です。45分位で登れます。