俳聖・松尾芭蕉誕生の地。
松尾芭蕉翁生家の特徴
松尾芭蕉が29歳まで過ごした歴史的な生家です。
2022年4月1日より見学が再開された貴重な施設です。
入り口は小学校中学年の児童が開ける引き戸になっています。
🏠史跡芭蕉翁生家/伊賀上野*「解説がないから、想像するしかない」*松尾芭蕉が29歳まで過ごした場所が、史跡芭蕉翁生家だ。現在の建物は芭蕉が生きた当時のものではない。昭和30年に市の指定文化財となり、令和4年に保存改修工事が完了した。ゆかりの地として長年大切にされてきた場所だが、正直に言えば、あんまりなんもなかった。20畳ある三間続きの和室、土間。庭には「釣月軒(ちょうげつけん)」という小さな離れがある。ここで芭蕉は句集『貝おほひ』を執筆し、上野天神宮へ奉納した後、俳諧師になるべく江戸に出た。後ろ庭には、無名庵跡の句碑がある。門人たちが建てた庵で、芭蕉は月見の会を催していた。しかし、解説がないのでなにをどうみていいのかわからない。空間だけがそこにある。芭蕉がどの部屋で何をしていたのか、釣月軒でどんな風に句を詠んでいたのか、想像するしかない。芭蕉翁記念館でクイズを通じて芭蕉を学んだ後だと、余計にそのギャップを感じる。記念館は「学ぶ場所」で、生家は「感じる場所」なのかもしれない。ガイドがいたり、実際に経験した人が身近にいると興味は湧きやすいが、なかなか個人で楽しむには難しい。☆史跡芭蕉翁生家三重県伊賀市上野赤坂町304開館時間 8:30~17:00定休日 毎週火曜日、年末年始入館料 一般300円、生徒・児童100円。
芭蕉の生家ということで立ち寄り。駐車場は確かにあるが、大きめの車は駐車の際難易度高い…運転に不馴れな方は要注意。
芭蕉翁生家(ばしょうおうせいか)は、俳聖・松尾芭蕉が1644年に生まれたとされる家で、現在は芭蕉の生誕地をしのぶ貴重な文化遺産として一般に公開されています。この生家は、当時の武士階級の中でも比較的裕福な家柄であったことを物語るように、思いのほか広々とした造りが印象的で、訪れた人々は「想像以上の豪邸」と驚くことも少なくありません。茅葺き屋根の母屋には、芭蕉が少年時代を過ごした部屋や、当時の生活の様子を再現した展示が設けられており、歴史と文化に触れることができます。また、敷地内には“芭蕉”という名前の由来ともなった植物「芭蕉(ばしょう)」=バナナの木が実際に植えられており、その大きな葉は訪れる人々に強い印象を残します。これは俳号「芭蕉」を名乗るきっかけとなった京都での草庵時代に由来しますが、その植物が生家の庭にあるという点に、芭蕉の生涯の始まりと終わりを結ぶような趣があります。さらに、近隣には芭蕉にまつわる句碑や記念館なども点在し、伊賀市全体が彼の足跡を今に伝える地域となっています。近くに駐車場もあり、静かで落ち着いた雰囲気の中、芭蕉の世界観を五感で味わえる貴重なスポットです。
松尾芭蕉生誕の地。松尾芭蕉が三重県人だと初めて知った現在家の中には入れない。
ガイドの方によると、正確には芭蕉誕生地であってこの家に住んでいたわけではないそうです。とはいえ、芭蕉の一族が長年住んでいた建物なので、当時のその雰囲気は残っているのでは、とのこと。
芭蕉の出生地としては柘植説もあるが、どこで生まれようと俳聖の偉大な業績に何ら影響しない。幼少期から29歳までここで過ごしたのは確かだとされている。もう少し芭蕉関連の貴重な史料が展示されていれば申し分ないが、それらは全国に散っているので仕方ない。
芭蕉の資料が展示してあるわけではないが、単純に古民家見学として楽しめる。
芭蕉が30歳頃まで過ごした家のあった場所が芭蕉翁生家です。奥庭にある釣月軒は、最初の句集である「貝おほひ」が執筆された場所で、帰郷の際にはここで起居したと言われています。その横に芭蕉の木が生えています。バショウの木は幹も葉も実も役に立たないとされています。芭蕉は自身をバショウになぞらえて、自分も日常生活にはなんの役にも立たない人間だが、人生の役に立つ無用の用のような俳人でありたいとし、芭蕉と名乗りました。
施設入り口は東側にある躙り口で、とても入り辛い入場券は3カ所共通券があるここのほか、蓑虫庵と芭蕉記念館が共通無官の父親が寺子屋をしていたと伝えられており、入り口入ってすぐの部屋には机が並ぶ京町家のように奥に広い敷地おくどさんを超えてさらに奥へ進むと、芭蕉が過ごしたという庵まで続いている。
| 名前 |
松尾芭蕉翁生家 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0595-24-2711 |
| 営業時間 |
[水木金土日月] 8:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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上野(三重県)で芭蕉翁は生まれました 1644年のこと 宗房 が本名だそうです。