森の中で祈る、鹽土老翁の守護。
志宝屋神社の特徴
大湊の森の中に位置する志宝屋神社は、訪れる人々を魅了します。
御祭神の塩土老翁は、海路守護の神として知られています。
創建は延暦23年(804)以前と伝わる歴史ある神社です。
志宝屋神社(しおやじんじゃ)は外宮の末社8社のうち第8位であり、御祭神は塩業と海路の守り神とされる鹽土老翁(しおつちのおじ)です。この地は神宮に奉納する御塩を焼く村人が多かったといわれます。志宝屋神社の社殿は明応7年(1498年)に発生した明応地震により、大塩屋村の家々1,000軒とともに流され、失われたといいます。その後、寛永21年(1644年)に再興されました。鹽土老翁の名前の「しおつち」は「潮つ霊」「潮つ路」であり、潮流を司る神、航海の神と解釈する説があります。海幸山幸の説話においては、海幸彦の釣針を失くして悲嘆にくれる山幸彦の前に現れ、小舟を出して山幸彦を乗せ、そのまま進めば良い潮路に乗って海神の宮に着くから、宮の前の木の上で待っていれば、あとは海神が良いようにしてくれると告げた神様です。また、神武天皇は塩筒老翁が東に良い土地があると言ったことで東征を決意したといわれます。鹽土老翁を祀る神社の総本宮である鹽竈神社(宮城県塩竈市)の社伝では、武甕槌神と経津主神は、塩土老翁の先導で諸国を平定した後に塩竈にやってきたとする。武甕槌神と経津主神はすぐに去って行くが塩土老翁はこの地にとどまり、人々に漁業や製塩法を教えたという。白鬚神社の祭神とされていることもあるようです。
こんもりとした気付かずに通り過ぎそうですがさすが伊勢神宮の管轄。綺麗に管理されていて空気が澄んでいます。
志宝屋(しおや)神社豊受大神宮(外宮)末社8社の第8位。伊勢神宮125社の一つ。御祭神は鹽土老翁(しおつちのおじ)御祭神の名前からしても塩業の神で、『古事記』にも登場するその様子から海路の守護神ともされる。陸奥国一宮である鹽竈神社(宮城県塩竈市)より一座の御魂を分霊して祀ったとする伝承がある。鎮座地周辺は「大塩屋村」と呼ばれ、伊勢の神宮に奉納する御塩を焼く村人が多かったという。社殿は室町時代後期の明応7年(1498年)8月25日に発生した明応地震により、大塩屋村の家々1000軒とともに流され、失われた。その後、江戸時代の寛永21年(1644年)に再興され、今日に至る。二見町にある御塩殿神社は内宮所管社であるが、外宮で用いられる堅塩も御塩殿神社から供給される。内宮へ神饌を納める立場とされる外宮が供給される立場になった理由として上記大塩屋村の壊滅的な被災も考えられる。
素晴らしく清楚な社母の故郷🤱大湊の神社⛩に参拝できて幸せです🌈
御祭神:鹽土老翁創建は「止由気宮儀式帳」に当社の記載がある事から、延暦23年(804)以前と伝えられています。当社は豊受大神宮(外宮)末社です。古くは、鎮座地周辺は「大塩屋村」と呼ばれ、伊勢神宮に奉納する御塩を焼く村人が多かったそうです。御祭神の鹽土老翁(しおつちのおじ)は塩業の神、海路の守護神と伝えられています。ですが、地域住民からは安産の神としても広く信仰されているようです。拝:2020/08/07伊勢神宮125社(75/125)
駐車場がないので要注意防波堤の横の森の中にあります。
駐車場がないので要注意防波堤の横の森の中にあります。
どこですか?
街中の小さな神社です。
| 名前 |
志宝屋神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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◎志宝屋神社(しおやじんじゃ)豊受大神宮末社祭神: 塩土老翁(しおつちのおじ)