竹大與杼神社で清らかな気持ちを。
竹大與杼神社の特徴
とても綺麗に清掃された神社で清らかな気持ちになれる場所です。
高い木々に囲まれた広い敷地が印象的な神社です。
後参拝ができるので、心静かにお参りできます。
竹大與杼神社(たけおおよどじんじゃ)。三重県多気郡明和町大字大淀乙。式内社(小)、旧村社。主祭神:建速須佐之男命合祀:大山祇命 蛭子命 春日神 住吉神誉田別命 菅原神 綿津見命霊符神 白峯神 不詳十座資料によると、『倭姫命世記』によると、垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が天照大神の御神霊を奉載し、飯野の高宮より五十鈴川上に行幸のおり、佐々牟江宮から大淀浦を航行の際、風浪がなくて海水が「大与度に与度美」て御船の航行が安全であったため、倭姫命は大いに喜んで大与度社を定められたという神社で、式内社・竹大與杼神社に比定される古社。竹大與杼神社の竹は多気郡の意味で、多気郡の大與杼神社ということらしい。かつては大与杼社と称し、当地の産土神として海神である豊玉彦命を奉斎すると伝えられていたが、現在の祭神は建速須佐之男命。明治の神社明細帳には従来二天八王子と称されたとの記述があるためだろうか。明治四年神宮制度改革まで、皇大神宮の八十末社の一つであり、神宮が管理した社であった。明治三十九年十二月二十五日、神饌幣帛供進社に指定され、翌明治四十年十二月五日、境内社狭霧神社をはじめ地区内二十五社を合祀し竹大與杼神社と単称。上記の二天八王子は、この狭霧神社のこととする説もある。昭和二十六年九月二十七日、合祀されていた天保七年創祀の豊歳稲荷神社を境内社として分祀した。とあります。
とても綺麗な神社でした。反対側の鳥居の向こうに見える緑が綺麗でした。
竹大與杼神社(たけおおよどじんじゃ)延喜式神名帖伊勢國多氣郡五十二座の一つ御祭神《主》建速須佐之男命《合》大山祇命,蛭子命,春日神,住吉神,誉田別命,菅原神,綿津見命,霊符神,白峯神御由緒当社の創立は垂仁天皇の26年秋、皇女倭姫命が皇大神宮の鎮座地を求めて、佐々牟江行宮から、御遷幸の際、 この大淀浦を航海の時、風浪がなく海水が、大与度美に淀んで、御船の航路が安泰であったので、倭姫命は大いに悦ばれて、この地方の総氏神として、 大淀の宮を定められたと伝えられています。竹大與杼神社の竹は「多氣」の意味で、多氣郡の大與杼神社ということらしい。かつては大与杼社と称し、当地の産土神として海神である豊玉彦命を奉斎すると伝えられていたが現在の祭神は建速須佐之男命。明治の神社明細帳には従来二天八王子と称されたとの記述があるためだろうか。延喜式内社に列し、神祇官より幣帛を奉献されました。明治4年神宮制度改革まで、皇大神宮の80末社の1つであり、神宮(伊勢神宮)が管理された社です。明治三十九年十二月二十五日、神饌幣帛供進社に指定され、翌明治四十年十二月五日、境内社狭霧神社をはじめ地区内二十五社を合祀し竹大與杼神社と単称。上記の二天八王子は、この狭霧神社のこととする説もある。昭和二十六年九月二十七日、合祀されていた天保七年創祀の豊歳稲荷神社を境内社として分祀した。拝殿の右手には祓所と大霊社(護國の英霊)。左手には豊歳稲荷神社(宇賀魂神)と山神、橿原神宮遥拝所などがある。
ありがたい。
とても綺麗に清掃されており、後参拝させて頂き清らかな気持ちになりました。ありがとうございました。
高い木々に覆われた、広い敷地をもつ神社でした。
| 名前 |
竹大與杼神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP |
http://kyoka.mie-jinjacho.or.jp/shrine/%E7%AB%B9%E5%A4%A7%E8%88%87%E6%9D%BC%E7%A5%9E%E7%A4%BE/ |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
とても雰囲気のある神社御朱印 直書き社務所にある電話番号に電話をすると出てきてくださる。