臨済宗妙心寺派の古刹へ。
大亀山 金剛禅寺の特徴
歴史を感じられる臨済宗妙心寺派の古刹です。
綺麗に維持・管理された境内が魅力的です。
階段横の細い道を登るとアクセスしやすいです。
禅宗の中でも臨済宗妙心寺派のお寺。造りは立派で山奥の田舎の人達に親しまれているお寺。観光するような寺ではない。春は山桜が周りよりも早めに咲き、冬にはクチナシの木に実が成るのが観られる。奥の坂をのぼると墓地にはなっている。猿などが良く出るので注意が必要。
階段横の細い道を登っていくと車で近くまで行けます。駐車スペースもありました。お堂の中に、六地蔵と地蔵立像があり、お墓の前に丸彫りの地蔵立像も立っていました。
| 名前 |
大亀山 金剛禅寺 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
059-394-2439 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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臨済宗妙心寺派の古刹で境内、建造物等綺麗に維持・管理されているお寺さんです。2024.09.04再訪。前回訪問時と変わらず建造物等綺麗に維持・管理されています。本日は前回気が付かなかった、南川金渓一族の墓所にお参りに来ました。※鐘撞堂が素晴らしい!境内入口石段は85段あります。※由来碑が建立されていましたので、引用しご紹介します。【臨済宗 妙心寺派 大亀山 金剛禅寺】本尊:釈迦牟尼仏座像観音堂 圓通閣本尊 聖観世音菩薩像往古、西薦野村堂山に金剛寺という天台宗の寺院があったが、元亀二年(一五七一)天正元年(一五七三)の二度に渉る織田信長による伊勢攻略の際、焼き討ちされ、本堂はじめ伽藍の総てが跡形もなく焼失したと伝わる。時代は移り、天和三年(一六八三)の初頭、正眼寺の先代住職であった快翁祖繋首座と共に桑原家を筆頭とする武檀とそれに菰野三郷の檀家一同が、当時、菰野藩の重職であった桑原傳右衛門尉×を献じて、古跡金剛寺の再興を菰野藩に願い出たところ、第三代藩主土方東市正雄豊公がこの願いをお聞き届けになり、当時、東山とよばれていた現在のこの地を境内として永代使用する御免許を下された上、桑原傳佐衛門尉×方と桑原次太夫尉眞英の両名に古跡金剛寺の再興を命ぜられた。そこで、両名は故有って正眼寺住職を辞し、員弁の光蓮寺に逗留していた律海超和尚を創建の為に招き、また、中興開山として、南伊勢の正法寺より寂庵昭和尚を招聘して、天和三年(一六八三)十一月十二日、臨済宗妙心寺直末寺大亀山金剛寺を号して再興開山した。(参考資料 金剛寺住職×・傳左衛門、門中由来書、伝来)と、刻まれています。(※文中×判読不可)